渋谷で位置情報ゲーム「イングレス」を活用した初の避難訓練
本日は「防災の日」。 1923年(大正12年)9月1日に発生した関東大震災(マグニチュード7.9)の教訓とし、1960年(昭和35年)に制定されたのもの。今朝、避難訓練を実施した学校や会社もきっと多かったことでしょう。
ところが、誰もが知っていると思いきや、「防災の日」を知らない人が意外に多い。特に認知度の低さは20、30代に目立っているのだとか…。
<参考データ>
2015年8月にアサヒビールが実施した「防災対策」をテーマにした調査によれば、「(9月1日が)防災の日である」ことを知っている人は75.8%。その一方、「知らなかった」という声は24.2%を数え、「防災の日」を認知していない人が意外に多いことが判明。中でも20代の認知度は54.7%と半数に留まり、若者を中心に「防災の日」に対する認知度の低さが浮き彫りとなった。
>>調査レポート
若者たちの防災意識を高めるべく、渋谷で「防災の日」を翌日に控えた8月31日、スマートフォンの位置情報ゲーム「INGRESS(イングレス)」を活用したユニークな避難訓練が実施された。その名も次世代版の避難訓練「LUDUSOS(ルドゥオス)」、古代ローマの剣闘士の「Ludus(訓練施設)」+「SOS(緊急事態)」を合体した造語だそうだ。
会場となった渋谷ヒカリエに集まる参加者たち。
さて、皆さんは「イングレス」という位置ゲームをご存知だろうか?
<イングレスとは?>
グーグルが提供するGPSを利用したスマホの位置ゲー「イングレス」は、全世界のウンロード数が1,000万回以上を超える。昨年7月にiPhone向けのアプリがリリースされ、日本国内のユーザー数が一気に急増し、現在の国内ユーザー数は世界2位に達する人気を誇っている。レジスタンス(青組)とエンライテンド(緑組)の2陣営に分かれて行う同ゲームは、街や地域にある名所旧跡・建物などのリアルスポット(ポータル)と、スマホ地図上のバーチャルなフィールドが融合し陣地を取り合うもの。
左)渋谷駅周辺のイングレスマップ 右)「JR渋谷駅」のポータル
例えば、渋谷駅周辺をイングレス上で見ると、「JR渋谷駅」「忠犬ハチ公像」「(駅ナカの)どん兵衛屋」などをはじめ、数多くのポータルが乱立するイングレスの激戦地であるがよく分かる。炎のように燃え上がるポータルの色は青から緑、緑から青へと刻々と変化し、バーチャルの世界で常に激しいバトルが繰り広げられている。いわば、現実の世界と、イングレスの世界がパラレルで存在するのだ。 全くご存じない方には、きっと驚きの世界だろう。
今回の避難訓練は、この人気ゲームを活用した初の試み。 イベントを企画したのは、20〜30代の女性たちで構成される「一般社団法人防災ガール」。彼女たちは「防災をもっとオシャレでわかりやすく」をコンセプトに防災グッズの開発や、実用的な防災の情報発信、ユニークな防災イベントやワークショップなど様々な活動を全国各地で展開している。同団体の代表・田中美咲さんは「現在(イングレスの)レベル8ですが、わたし自身がイングレスファンだったので、避難訓練に使ったら面白いのでは」という思い付きがきっかけだったという。
左)防災ガール代表・田中美咲さん
具体的な避難訓練の方法は、渋谷の街の中で防災に関連する5〜6所のスポット(ポータル)を巡るコースを1つのミッションとし、計20種類のオリジナルのミッションを用意。各参加者は、イングレス上のマップを見ながら制限時間(60分間)内に指定されたポータルを順番に巡り、ミッションのクリアを目指す。各ポータルを巡る過程の中には「一次避難場所」「帰宅支援ステーション」「帰宅困難者受け入れ施設」など、渋谷の街の中で災害に遭遇したときの対策をクイズ形式で学べる。遊びながらも実用的な情報が得られるという仕組みだ。
左)イングレス上に用意されたミッションの数々 右)ミッションの一つである「宮益坂編」
早朝7時、やや小雨がぱらつく悪天候にも関わらず、会場となった渋谷ヒカリエにはレジスタンス(青組)約50人、エンライテンド(緑組)約50人の計100人余りが集結。中には「埼玉から始発に乗ってやってきた」など、寝ぼけ眼であくびをする参加者も少なくなかった。今回の訓練を「早朝」に実施した理由について、代表・田中さんは「人が多い時間帯を避けて、周囲に迷惑を掛けないため。また平日開催のため、会社に出勤前に参加してもらいたかった」という。主な参加者の属性は30代男性を中心に20〜50代、渋谷区民とそれ以外の居住者の割合は半々、遠くは沖縄や海外から参加した人もいた。
ル−ル説明などのオリエン後、各参加者たちは20種類のミッションから、制限時間1時間以内により多くのルートが巡れるミッションを各々が選び、いざ渋谷の街へ。
今回の取材では、「タウンページ」で働いているという山田さんと水野さんに密着させてもらいました。 仕事でイングレスに関わる機会があり、やり始めたのがきっかけだという。山田さんは「まだ始めたばかりでレベル3ですが、会社帰りにイングレスをしながら帰るのが楽しい」ととてもはまっているそうだ。2人はミッションの中から「宮益坂編」(渋谷ヒカリエ→ホープくん→神社案内→ローソン→第三西青山ビル入り口→Lotus Women Mosaic)を選んだ。
同じ職場の同僚で一緒に参加する水野さん(左)と 山田さん(右)
ちなみに各ポータルでは、上記のような災害にまつわるクイズが出題される。ゲームをしながらの災害クイズの出題について、水野さんは「職場が虎ノ門のため、渋谷に全く土地勘がないので、実際に災害が発生したら、どう避難すれば良いのか迷う。割れたガラスや建物の倒壊など、訓練を通じてどこをチェックすれば良いのか分かった」という。
ポータルの一つである「ホープくん」を見つけ、早速ハック(アクセス)する2人。
計6カ所のポータルを巡ってきた2人の結果といえば、山田さんは途中通信エラーなどにも見舞われてしまい、残念ながらミッションクリアならず。一方、水野さんは各ポータルのハックおよびクイズに正解し、見事にミッションをクリア。他の参加者たちもポータルの発見、またクイズの正解・不正解に応じて、一喜一憂する姿が街のあちらこちらで見られた。通常の防災訓練とは異なり、楽しみながら訓練に取り組む参加者たちの様子がうかがえた。
そのほかの参加者からの意見として、
「ガード下が危険とか、丸井近くのカラオケボックスが避難場所であるとか、ゲームを通じて結構勉強になった。マニュアルとかに書いてあっても読まないけど、ゲームだと楽しみながら学べる」(男性50代、会社員)
「渋谷は道幅も狭く高いビルが多い。実際に地震が起こったら、建物の倒壊を避けるのが難しくより危険を感じた」(男性30代、会社員、横浜市在住)
「土地勘が全くなかったが、イングレスを通じてどこに避難場所があるかなどが分かった」(男性40代、教諭、埼玉在住)
「すぐ目の前にポータルがあるのに信号があったり、歩道橋があったり、なかなか思うように巡れなかった。渋谷駅周辺の道の複雑さを改めて感じた」(女性30代、会社員、川崎市在住)
土地勘のない参加者も目立ったが、イングレスを通じて避難場所や帰宅困難支援施設を発見できたという声も多く、GPSを使った避難訓練に一定の効果があったようだ。また一方で、渋谷駅周辺は高層ビルや道幅の狭い場所も多く、逃げ場のない都会ならではの危険を実感したという意見も寄せられた。
ゲームの勝敗は、僅差ながらエンライテンドチーム(緑色)が勝利し、各陣営共にお互いの健闘を称え合った。ゲーム後、参加者同士で談笑する姿も多く見られ、とても満足度の高いイベントとなったようだ。
今回イベントに参加したイングレスユーザーと防災ガールたち。
さて、渋谷の災害について少し触れておきたい。
渋谷区における災害時の一番の問題点は何かと言えば、それは「帰宅困難者」の多さだ。渋谷区民そのものは約21万人程度であるが、就業者数を加えた昼間人口は2.4倍の52万人にも達する。巨大地震時には、建物の全壊・焼失を合わせて約8250棟、約400台のエレベーターで人が閉じ込められ、各交通機関は完全に麻痺し、その大多数の人びとが帰宅困難に陥ると予想される。ところが、地域の学校などの避難場所に、なんと渋谷区民以外の人びとが寝泊まりすることは出来ないという。 ご存じだろうか?
では、区民以外の人びとはどこへ行けば良いのか?
今回のイングレスを活用した避難訓練のミッションにも組み込まれていたが、区民以外の人びとは災害時に「帰宅困難者支援施設」を目指さなければならないそうだ。渋谷区の主な施設では「渋谷ヒカリエ」「金王八幡宮」「國學院大學」「青山学院大学」「渋谷エクセルホテル東急」「セルリアンタワー東急ホテル」「渋谷東部ホテル」「国立代々木競技場」など、駅周辺の商業施設やホテル、大学等が受け入れ可能な施設となる。また、コンビニやカラオケボックスなどは「災害時帰宅支援ステーション」として機能し、水道水やトイレ、情報が提供される場所となるそうだ。今回、避難訓練に参加したユーザーの半数近くが、渋谷に土地勘のない人たちであったが、イングレスなどのツールの活用が施設の探索に非常に有効であることが分かった。
<ネットを活用した渋谷区の災害対策>
今年6月より、渋谷区とNTT東日本は渋谷区内に「公衆無線LAN」環境の整備を推進し、「SHIBUYA CITY Wi-Fi」の提供を開始している。東日本大震災でSNS等が役立ったことから、渋谷駅周辺で多くの帰宅困難者が発生する事態に備え、区内の主な幹線道路沿いに屋外用アクセスポイントを設置し、防災ポータルサイトへのアクセス環境を整備している。
>>SHIBUYA CITY Wi-Fi
>>渋谷区帰宅困難者支援施設マップ(PDF)
最後に防災ガールの田中さんは「災害発生時に一番注意しなければならないのは『人災』だ」と語気を強めた。もちろん、火災、倒壊、頭上落下物など大都市ならではの危険は多いものの、それ以上に注意をしなければならないのが「人災」なのだそうだ。いざ災害が発生すると、一気に渋谷駅周辺に人が押し寄せてパニックが起こり、また酔っ払いなどの暴力が横行するなど、人が集中する都会ならではの危険回避にも注意を払わなければならないという。
今後、防災ガールでは、今回の結果を踏まえてイングレスによる避難訓練を仕組み化し、全国各地の訓練に活用していていく予定だそうだ。 また、今回の避難訓練のために用意された計20のミッションは、イングレスにそのまま継続して残っているため、イングレスユーザーはそのミッションにトライしてみて欲しい。
編集部・フジイタカシ
渋谷の記録係。渋谷のカルチャー情報のほか、旬のニュースや話題、日々感じる事を書き綴っていきます。