★リヴァー・フェニックス
『ダーク・ブラッド』★
リヴァー・フェニックス。
93年にハリウッドの路上にてオヴァードーズでこの世を去りました。享年23歳。 『スタンド・バイ・ミー』(86)や『旅立ちの時』(88)、『マイ・プライヴェート・アイダホ』(91)などで記憶されている方も多いのかと思われます。J.ディーンのような憂いのある顔立ち・立ち振る舞いはいまだにファンを魅了し続けております。。。
彼の未完の遺作『ダーク・ブラッド』。撮影を十日残すだけの状態でリバーが急死。完全にお蔵入りと言われていた幻の作品です。
昨年大病を患い、余命を宣告さえたジョルジュ・シュルイツァー監督が、資金を集め利権問題を解消し、再開を始め、2012年にようやく完成いたしました。
物語はハリウッドの役者同士の夫婦バリー(ジョナサン・プライス)とハリー(ジュディ・デイヴィス)が、ユタの砂漠のど真ん中で自家用車の故障に逢い、路頭に迷います。倦怠期を脱出するための旅行が余計に泥沼化。
そこでボーイ(リヴァー・フェニックス)と呼ばれる孤独な影のあるホピ族との1/8の混血である青年と出逢います。。彼の妻は度重なる原爆実験により癌で 亡くなり、彼は世界の終焉を信じ、シェルターに自分の王国を作っていました。バリーは歩く西洋文化のような人間で、ボーイは嫌悪を抱き、逆にハリーには恋愛感 情が生まれてきます。。。徐々に三人の関係は異なる欲望が反駁し合い、歪なものになっていき。。。
リヴァー・フェニックスの初のヒール役です。欠落し満たされない、愛情に飢えた表情は子宮に反応します。。。笑
また『未来世紀ブラジル』のジョナサン・プライスや当時W.アレンやD.クローネンバーグ、コーエン兄弟作品などに引っ張りだこだったジュディ・デイヴィスが好演するのも見所です。
倦怠期の夫婦が砂漠で路頭に迷う絵面はP.ボウルズ原作の『シェルタリング・スカイ』を思い起こさせますし、ホピインディアンがでてきて、核実験の様子はまるでG.F.レジオ+P.グラスの『カッツイ三部作』です。
科学技術への過信、自然への侵犯、そして拡張するメディアの恐怖です。
この映画はそれらの白人社会のネガの部分がすべてリバーであるボーイ(名前のない)が背負うこととなります。
4/26satより渋谷ユーロスペース他でロードショーが決定しました。
>リヴァー・フェニックス『ダーク・ブラッド』
そしてもう一つの遺作『アメリカン・レガシー』も上映決定いたしました!
>遺作『アメリカン・レガシー』
そしてPASS THE BATONでもリバーに関連する企画があります。私も参加します!!!
>ダーク・ブラッド×PASS THE BATON スペシャル企画
『ダーク・ブラッド』最終コメントフライヤーにコメント寄せました。どれが使用されるでしょうか。。。。。
ヒール役のリバー扮するボーイ(名前はない)は、バフィー、ハ リー、アメリカ、そしてアメリカ文化そのものを憎悪し、世界の終焉を切望しているようだ。。しかし、それらすべての陰画という役割 を、彼はたったひとりで背負わされている。世のなかの人間がすべて加害者であり被害者であるという事実。まるでハリウッドの犠牲者と なってしまったようなリヴァー・フェニックス自身を予感しているような、これはハリウッド映画、アメリカ文化への鎮魂の映画なのかもしれない。
愛に枯渇し、憂いのある表情は、ときとしてジェームス・ディーンに比較されるリヴァー・フェニックス。ディーンの『エデンの東』は旧約聖書のカインとアベルの変 奏といわれる。この映画では神に愛されるボーイ(リヴァー)の弟こそは出てこないが、神に愛されたいがために弟的なものを殺してしま いエデンを追放され、彷徨う姿はカインそのもではないか。。砂漠を彷徨うのは中年夫婦ではなく、ボーイ(リヴァー)の方なのだ。
シュルイツァー監督によって20年振りに、永遠に「未完」という形 で「完成」された『ダーク・ブラッド』。コクトーは「映画は労働している死者を撮影すること」と言った。フェニックスはこの映画の完 成を待たずにこの世を去ることになるのだが、その現実は果たしてこの映画のなかの彼の魅力と何の関係があろうか。世の中の人間がすべ て加害者であり被害者であるという事実を彼は身をもって教えてくれる。
ヴィヴィアン佐藤(美術家/ドラァグクイーン)
ヴィヴィアン佐藤(非建築家)
非建築家、アーティスト、ドラァククイーン、イラストレーター、文筆家、パーティイスト、、、と様々な顔を持つ。独自の哲学と美意識で東京を乗りこなす。その分裂的・断片的言動は東京では整合性を獲得している。。。なんちゃって。