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★『ものすごくうるさくて、
ありえないほど近い』
ヴィヴィアン佐藤おススメ映画!★

『リトルダンサー』や『めぐりあう時間たち』のS.ダルドリー監督の最新作『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』を見て来ました。
変わった題名ですが原題も『EXTREMELY LOUD &INCREDIBLY CLOSE』と同じ。
原作は映画『ぼくの大事なコレクション』(小説原題は『EVERYTHINGS ARE ILLUMINATED』)を著したジョナサン・サフラン・フォアによるもの。

(『ぼくの大事なコレクション』はイライジャ・ウッドが主人公で、全て自分の人生に関わるものをジップロックに入れなければ気が済まないというちょっと変わった青年。彼の祖父が映っているたった一枚の古い写真から祖父の故郷のウクライナの村や祖父の秘密を探って行く、、、そしてもう一人の主人公はNYジプシーパンクの雄ゴーゴル・ボルテロのフロントマンのユージン・ハッツ。マドンナに見初められマドンナライヴのオープニングアクトを務めたり、マドンナ初監督映画『ワンダーラスト Filth And Wisdom』の主役にも抜擢。ゴーゴル・ボルテロはfuji rock festivalにて何度かライヴをしている。彼の劇中のマイケル・ジャクソン狂のウクライナ青年像もとてもユーモラス。本当に素晴らしく大好きな映画でしたが、ヒットするどころか話題にすらほとんどなりませんでした。笑 ヴィヴィアン佐藤が絶賛する映画はヒットしないというジンクスも?!)

『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』。もう都内でも大分上映劇場が減って来ております。(渋谷シネパレス LOFT向いでは来週木曜日まで!!!)

9・11NY多発同時テロで父親(トム・ハンクス)を失った9歳のオスカー・シェル(トーマス・ホーン)。 歳の割には様々な知識や行動力、洞察力に長けており、また空想癖をもち、学校の友達や社会とはちょっと上手くやっていけないアスペルガー症候群気味の男の子。自分の症状もまた客観的に洞察出来る性格。。。 隣りのマンションに住むおばあちゃんと真夜中でも常にトランシーバーで話をしている。お母さん(サンドラ・ブロック)よりも9・11以降は特におばあちゃん(ゾーイ・コールドウェル)に対してはるかに信頼を置いているのだ。
そしてテロのあと一人暮らしのおばあちゃんの家に間借り人が暮らしはじめていることに気が付いてしまう。

ある日父親のクローゼットにある遺品から青い花瓶の中に入った金庫かなにかの鍵を見つける。その鍵の入った封筒には「Black」という文字が書かれていた。
生前父親は普段からオスカーに様々な空想的な謎解き問題を出しており、その鍵こそが父親がオスカーに残した最後の謎解き問題で、その謎を解くことがなけれ ばオスカーは父親の死や世の中の不条理を理解することが出来なかった。鍵に込められた父親のメッセージを捜して受け止めることで、初めて自分が前へ進めると確信した。
そして「Black」とはおそらく人の名前であり、NY中のBlackさんに会うことで、その鍵の秘密が分かると考え、オスカーの調査の旅は始まった。。。

400人以上のブラックさんたちに一人ずつ会って行く調査。もちろん門前払いもされたり、ハグをされたり、宗教団体に侵入したり、テロの後遺症の騒がしい 子供たち、同じ絵を描き続けている人、男で女の人、、、、実に様々なNYの人間に会うことになる。しかし、鍵の謎は全くもって解けない。。。

そしておばあちゃんと連絡が取れなくなったある夜、勇気を出しておばあちゃんのマンションへ。そこで口の聞けない間借り人の老人と遭遇。筆談を交えてオスカーはいままで自分がたくさんのBlackさんと会って来た経験をしてきたけれど、全く父親の謎とメッセージが分からないこと、それらを老人に泣きじゃくりながらぶちまけてしまう。。。
そして老人の提案から一緒にBlackさんの調査をすることを決める。

間借り人の老人とオスカーと二人での調査の旅が始まる。間借り人は多くは語りたがらない。。。その二人の調査も次第に挫折して行く。。。
そしてある夜オスカーは大事な隠されたヒントに気が付いていき。。。

近親者の死を理解することは誰しも辛い。オスカーの親族は彼の父親の葬儀で、空の棺桶を埋葬した。儀式を済ませなければ家族は決して前へ進めないと感じていたからだ。しかし一方オスカーにとってはなぜ父親がWTCで死ななければならなかったのか、なぜWTCに飛行機が突っ込まなくてはならなかったのか、、、それらはずっと宙づりの状態になっていた。
父の鍵の謎を解くという行為は、なにかしら回答が用意されている事柄。しかし実際の世の中や社会は決して理由や原因は明確化され得ない。むしろ不条理や矛盾に満ちている。科学や文学、哲学を得意する早熟な少年は、この複雑な世の中に対してどう捉えたら良いか、どう行動したら良いか全く分からない。。。父親の死は確かにひとつの強烈な出来事ではあるが、少年はいつかなにか別の理解不能な割り切れない事柄にも出逢うはずだ。 両親がオスカーの初恋の相手の性格やタイプを詳細に想像するシーンは、いずれ自分の子供も恋愛においてどう対処したら良いか分からない混乱的な状態に陥ることを予言している。その会話の場面を鏡を使って覗き見するオスカーはとても示唆的だ。未来の予言を自分の中に引き込んでいると同時に、自分の未来の内面を両親に反射し返しているようだ。。。

物語のなかでは鍵の秘密は明らかにされてしまう。しかしその秘密が明かされない場合の方が実際の世の中には多く、その場合その鍵は少年にとって父からの一生解けないメッセージの象徴となる。しかし人は解けないなりにその回答を物語化するのかも知れない。
この映画の宣伝でも東日本大震災に触れ、ある日突然最愛の人間を失われた場合、人はその悲しみをどう乗り越えられていくか、、、と。
日本でも、その劇中に登場する鍵の様な遺品や思い出の品々や遺体が見つからない場合、残された人々は途方にくれ、呆然としてしまう。最近日本では強烈で深刻な喪失体験には、人生の「語り直し」が必要だと言われている。鷲田清一の言葉だ。

劇中口がきけない老人は筆談で「私の話は私のものだ!」と言い放つ。またその老人(実はオスカーの祖父)もまた心に喪失感を抱き続けて生きて来いる。そしてオスカーと喧嘩して別れる時には、今度はオスカーが「あなたはパパのことは何にも知らないくせに!パパはガソリンの匂いが好きで、トマトが嫌いで、ママ とは書店で出逢って、、、」と。
自身の歴史や喪失された最愛の人の思い出やそのひとの個人史は、何かの弾みで大きく傷付けられたり、喪失したりする。人はその場合語り直しや物語を確かめる行為をせざるを得ないのかも知れない。
生前の父親との調査探検でNYの6番目の行政区の痕跡を捜すエピソードが出て来る。その第6行政区の名残はセントラルパークであり、最後少年はブランコに乗ることにより、その存在を科学ではない方法を発見するようだ。。。
(この原作者フォアは実に興味深い作家。映画の前作『ぼくの大事なコレクション』も素晴らしかった。彼はヨーゼフ・コーネルにインスパイヤされた作家のアンソロジー本を編集したり、コーネルの作品について語ったり、、となかなか興味深いのです。。。 そういえば劇中、父親の遺品や調査資料はまるでコーネルの作品ですし、主人公オスカーがNY中を歩き回ったり、電車が通るところを下から眺めたりするシーンは、コーネルの幼少期の思い出から彼の制作態度にも重なります。。。 コーネルの分厚い伝記が出されたり、シュミックのエッセイ詩集が売れていたり、世界中でコーネルの評価が高まっている昨今、この映画ともリンクしている様もまた興味深い。。。)

ヴィヴィアン佐藤(非建築家)

非建築家、アーティスト、ドラァククイーン、イラストレーター、文筆家、パーティイスト、、、と様々な顔を持つ。独自の哲学と美意識で東京を乗りこなす。その分裂的・断片的言動は東京では整合性を獲得している。。。なんちゃって。

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