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丸みを帯びる松濤美術館

現在、渋谷区立松濤美術館で開催中の『大辻清司の写真 出会いとコラボレーション』を鑑賞してきました。大辻清司という写真家のことは知らなかったのですが、1950年代に「実験工房」「グラフィック集団」などで前衛的な写真制作や批評活動をしつつ、メディアとしての写真の可能性を追求してきた方とのこと。渋谷区に長く住み、桑沢デザイン研究所(副所長・市瀬昌昭さんのインタビューはこちら)などで教鞭をとっていたことから、今回の企画に繋がったそうです。

写真作品はその後の現代美術やデザイン業界にも影響を与えているような先鋭的で緊張感の高いものが多く見られた一方、どこかフレンチポップ風のキッチュなテイストが入った作品もあり、ボリュームも少なすぎず多すぎずでなかなか楽しいものでした。まだ見ぬ表現を求めてアグレッシブに取り組んだ人らしく、自作のカメラやオブジェなども展示されており、試行錯誤に人生を費やしたその道程が伺えて興味深かったです。個人的には航空機の機体をモノクロで接写し、表面のテクスチャや金属の継ぎ目のアップだけでその存在感を示した「航空機」という連作が印象的でした。フィルムに直接傷を付けたりペイントした「キネカリグラフ」という映像からはノーマン・マクラーレンの初期の映像集のような実験精神と高揚感を感じて楽しめました。身の回りの日常生活を撮ったシリーズなど、アイデアだけが先行しすぎて表現としての面白みを感じない写真も少なからずありましたが、全体的にはやはりある時代における先端の集団にいた人なのだという印象を受けました。


『大辻清司の写真 出会いとコラボレーション』より


展示も楽しめましたが、松濤美術館の魅力はなんといっても建物自体の空間のユニークさにあるように思えます。建物が円筒形を基調としているため展示室も半円状になっており、内壁に沿って作品が曲線的に展示されると、硬質な作品群もどこか柔らかく、丸みを帯びて穏やかな印象に見えます。やや単調になりがちな前衛的な写真作品を飽きずに楽しめたのは、美術館自体の設計の妙もあるのかもしれません。また、天井のない吹き抜けの渡り廊下の足元には噴水があり、廊下に出ると絶えず水の音が聞こえ、上空を見上げると気持ちのいい初夏の青空が見えました。展示室には光が入らないようにブラインドが下がっていましたが、屋内なのに開放感があり、とても気持ちのいい空間でした。



(上:外観エントランス 下:渡り廊下部分 両方とも松濤美術館提供)


上の階には喫茶店並みの軽食ができるフロアがあって、ゆったりした深めのソファとテーブルが設置されている展示室の中でちょっと休憩をしながらのんびりくつろぐこともできます。入り口の近くにはちょっとした本棚が置かれ、「朝から来て一日中楽しまれるお客さんもいらっしゃいます」という美術館の方のコメントも納得の空間でした。松濤美術館では、これまでにも日本画から個人コレクターの所蔵するシュールレアリスム絵画、小中学生の絵から骨董品まで、幅の広い展示を行っており、近くに寄った際にはぜひ足を伸ばしてみたい美術館だと思いました。『大辻清司の写真 出会いとコラボレーション』は7月16日までです。

編集部・M

1977年東京の下町生まれ。現代アートとフィッシュマンズと松本人志と綱島温泉に目がないです。

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