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澁澤龍彦の驚異の世界

現在、「BUNKA×PERSON」で掲載しているアラキミドリさんの取材に触発され、この連休中に澁澤龍彦ツアーをしてきました。今年は澁澤龍彦の没後20周年ということもあり、ギャラリーTOMで開催中の『澁澤龍彦の驚異の部屋』と合わせて、同時期に埼玉県立近代美術館で『澁澤龍彦 ─幻想美術館─』と、鎌倉文学館の『澁澤龍彦 カマクラノ日々』と題した展示が開催されており、三展とも観てきました。

(ギャラリーTOM展示風景)

埼玉の美術館を中心に据え、ギャラリーTOMでは澁澤氏ゆかりの作家による作品や写真の展示、鎌倉では直筆の原稿や所蔵品類の展示と、それぞれの特色を活かした会場構成をしていましたが、特に埼玉での展示はボリュームが充実してる上に作品の希少性もあり、とにかく圧巻の一言でした。澁澤氏の生涯を編年的に追って構成された館内では、親交の深かった加納光於、野中ユリといった作家らの作品に始まり、土方巽、大野一雄、瀧口修造、細江英公、横尾忠則といった当代きっての表現者との横断的な交遊を垣間見つつ、アルチンボルド、デューラー、モロー、ルドンらに西欧美術史の限りない広がりと底の深さを感じ、ベルメール、バルテュス、ゾンネンシュターンといった”傍系シュールレアリスト”の描き出す世界に常識を揺さぶられ、四谷シモンの不気味な人形や薔薇の花をくわえた三島由紀夫の肖像など300点を超える作品群に込められた異形の美意識の世界に圧倒され、気がついたら今まで身につけてきた価値観が吹き飛ばされてしまうような体験でした。

印象的だったのはアルチンボルドの遊び心とフェティシズムが詰まった静物画の異様な迫力、江戸琳派の創始者・酒井抱一のモダンで透き通るような色彩感覚、ヘルムート・ニュートンの隙のない構図に漂う真っ当なエロティシズム、城景都による、(ビョークのジャケットで有名な)M/Mのノイジーなテイストを彷彿させる北欧妄想系の版画、小林健二の鉱石ラジオに怪しく光る青い石のたたずまいなど、挙げたらきりがありません。中でも素晴らしかったのは、オディロン・ルドンの柔らかい色彩で描かれた『ペガサスにのるミューズ』。一見口当たりの良い穏やかなモティーフを眺めているうちに、だんだん狂気のような形容し難い感情が心の中に染みこんでき、その違和感が止めどなく渦を巻いてくるようで、しばらくその場から動くことができませんでした。幻想的なグロテスクを漂わせる街、ボルドーの匂いを感じる一枚でした。

こうした絵画史の主流ではない孤高の作家をいち早く取り上げ、世評に影響されずに自分の美意識を貫き通した澁澤さんの精神世界に圧倒されっぱなしの展示で、間違いなくここ最近見た美術展の中ではダントツに素晴らしいものでした。人間にとっての「美」とは何かについて、徹底的に考えさせられた連休となりました。興味がある方は、できれば埼玉だけでなく、渋谷、鎌倉と合わせて見て回ることをお勧めしたいところです。

編集部・M

1977年東京の下町生まれ。現代アートとフィッシュマンズと松本人志と綱島温泉に目がないです。

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