日常の中にあるぬくもりと温かみ
先日、Bunkamuraザ・ミュージアムで開催中の『故郷スイスの村のぬくもり アンカー展』展のオープニングレセプションに参加してきました。スイスの自然主義の画家アルベール・アンカーについて、解説に「故郷の村の人々や日々の暮らしを描き続け、とりわけ『アルプスの少女ハイジ』を思わせる少女像は定評があります。スイスの人々の心を捉えて離さない情景は、私たち日本人が見てもどこか懐かしく、ぬくもりを感じさせます。」とあるように、本展覧会では一般的にスイスと聞いて思い浮かべる、のどかでゆったりとした農村のささやかな日常を描いたアンカーの作品が油彩を中心に約100点ほど展示されています。
開会式の挨拶でBunkamura代表取締役社長の田中珍彦さん(田中さんのインタビューはこちら)は、「アンカーさんの絵を見ていると、映画監督のチャン・イーモウを思い出す」と仰っていましたが、確かにアンカーの作品、とりわけ生き生きと遊んだり和やかに学ぶ子どもたちを丁寧に描いた作品群に見られる暖かい眼差しは、中国の農村を舞台に一般大衆の日常を描いた映画監督の視点と通じるものがあるように感じました。
『故郷スイスの村のぬくもり アンカー展』開会式より
印象に残ったのは本展では扱いの少なかった静物画で、食卓のパンや紅茶などを描いた静物画4点のシリーズは、描かれているモティーフから推測すると、朝、昼、夕食前、夜と、まるである一日の時間の流れを定点観測的に追うように展示されているかのようで、そこには日々の生活の中に流れゆく時間を楽しみ、愛でるような姿勢が伺えました。また、『編み物をする少女』のシリーズは、フェルメールの同モティーフの作品を思い出させるような光の質感と親密さに溢れ、日常のふとした瞬間を愛情いっぱいに描いてあり、なかなか見応えがありました。
故郷の村の生活を描いた作品や肖像画など、全般的に非常に真面目で律儀な作風で、神学を学び教育に熱心だったというアンカーの性格が伺えるような、温かみのある作品展でした。こうした作品を渋谷の真ん中で鑑賞することは、見過ごしがちな日常の時間のぬくもりを感じる貴重なきっかけとなるように感じました。
ただ、どうしてもモティーフとなる日常の場面が単調なため、展覧会としての起伏に欠ける印象は否めませんでした。最後に展示されていた陶器に描いたペインティングの透明感のある色彩や筆遣いからは、時代性とアンカーの器用さを感じることができましたので、もう少し展示作品にバリエーションがあると作者の立ち位置やキャラクターなどがより深く理解できるような気がしました。
『故郷スイスの村のぬくもり アンカー展』展示風景
本展は、「スイスを代表する作家の回顧展として日本で初めて開催される」とのことですので、まだ認知度の高くない作家を紹介しようという文化的意義を強く感じる展覧会でした。また、ミュージアムの入り口に置かれた「アドベントカレンダー」は、日本デザイナー学院と協力し、クリスマスまでのカウントダウンとして毎日一つずつ、日付が描かれた扉の中に置かれた手作りのオーナメントを公開するというものですので、この時期、クリスマス気分を盛り上げるにはいいかもしれません。鑑賞の際には是非、こちらも注目してはいかがでしょうか。
会期は2008年1月20日までです。(※1月1日は休館)
編集部・M
1977年東京の下町生まれ。現代アートとフィッシュマンズと松本人志と綱島温泉に目がないです。