キャットストリートの界隈には、古い民家やアパートなどを個性的にリノベーション(改修)したショップやレストラン、カフェ、ギャラリーなどがあちこちに見つかります。「もともと住宅地だから、店舗用の建物が少ないんですよ。だから大家さんのOKが出たら、改造してお店を出すのでしょう」と、原宿穏田商店会会長で不動産仲介業を営む佐藤銀重さんは話します。実際、佐藤さんの店にも、毎日のようにショップの物件を探す若者が訪れるとのこと。そうした難しい物件事情をクリアするとともに、古い民家などを流用することで一般的な店舗用の建物にはない個性を演出するという“一石二鳥”の効果を狙う出店者も多いようです。
キャットストリートの裏道に入った住宅街のど真ん中に佇むギャラリーカフェ・バー「MOGRA(もぐら)」の建物も、三階建ての一軒家を改造した独特の佇まいです。この建物は、もともと著名な建築家の大堀伸が設計し、「ギャラリーROCKET」として使われた後、デザートカンパニーというスイーツ屋さんを経て、昨年4月、MOGRAとしてオープンしました。代表の高村征也さんはこう話します。「一目見て『面白い建物だなぁ』と思い、ここに決めました。この界隈では一軒家を丸ごと借りられるケースは稀でしたしね。さらに住宅街のど真ん中だから客には発見されづらいけど、その分、キャットストリートの表通りに比べて賃料は半分くらい。良い物件を見つけましたよ」
リノベーションならではの「隠れ家感」
不要な壁を取っ払い、ペンキで色を塗り、一枚板のカウンターを設置して──といったリノベーション工事は、基本的にスタッフの手で行ったため、費用は100万円ほどで済んだとか。前の借主が配水管を通していた穴はふさがずに丸型のランプを入れるなど、リノベーションならではのインテリアも光ります。そしてオープン準備の仕上げとなったのが、壁一面を使った富士山のペインティング。昔の銭湯には必ずあった、あのペンキ画の富士山です。これは風呂絵師として有名な丸山清人さんに依頼したもので、「イベント開催などを通じ、文化を作っていきたい」という高村さんの思いが表われています。「こういう日本の職人こそ、クリエイターの完成形の一つではないかという思いがありまして。ライブペインティングをお願いしました」。
三階のイベントスペースでは、毎週末のように、展示会やライブ、撮影会、セミナーなどのイベントが催されています。日頃から、役者や映像クリエイター、料理人、建築士など、さまざまな業種の客が集い、イギリスの人気テクノユニットが取材場所につかった際には「イギリスにはこんな店はない」と、大変喜んでいたとか。そうした独特の“隠れ家感”は、それこそ裏道ならでは、リノベーションならではの魅力といえるでしょう。
MOGRA |
キャットストリートの表通りにも、民家をリノベーションした食空間が点在します。その一つがハンバーガーショップ「フレッシュネスバーガー」が新業態として実験的に出店している「フレッシュネス・ナチュラル・マーケット キャットハウス店」。通常のフレッシュネスバーガーと思って店内へと入った方は、きっとその開放感あふれるインテリアに驚かれることでしょう。
フレッシュネス・ナチュラル・マーケットは、「ドリンクを飲みながら、買い物ができる場所にしたい」という栗原幹雄社長の思いで2006年7月にオープンしたお店。通常メニューに加え、牛肉の替わりにポークランチョンミートを挟んだハワイ名物のスパムバーガーや特製ケーキがそろうほか、パスタや調味料をはじめとしたオーガニックな食材、さらには輸入雑貨なども店内で販売されています。
店舗には、かつては外国人が住んでいたという洋風の民家をリノベーションして再利用。可愛らしい壁紙が貼られた子ども部屋が客席となっていたり、天窓から明るい日差しが差し込んだり、バスルームやキッチンがそのまま残されていたりと、変化のあるインテリアに包まれてのカフェタイムを楽しめます。「店内に入ると、すぐに吹き抜けの広い空間が現れます。そして奥には輸入食材がズラリと並んでいる。それを見て、『普通のフレッシュネスとは違うぞ』と、驚いた顔をされる方が多いですね」と、店長の道下潤さん。その抜群の居心地の良さから、「他の店舗に比べてお客様の滞在時間は長いようです」と道下さんは嬉しそうに語ります。
アンティークに囲まれたフレンチレストラン
一方、キャットストリートの表参道側の入り口付近の「ラ・フェ・デリース」は、40年以上前の民家を改装して8年前にオープンしたブルターニュ料理のお店。そば粉のクレープにハムや卵などの食材を包んだ「コンプレット」という一風変わった現地の郷土料理が人気メニューです。
店舗の改装はスタッフの手で行われ、古い木材などを配するとともに、フランスからテーブルやイスといった古家具を取り寄せてアンティークな空間を作り上げました。そのインテリアがこぢんまりとした空間とあいまって、心地の良い“巣篭もり感”を演出しています。マネージャーの雨谷真佐美さんは、「キャットストリートでは、昔からの住人と、何かを求めて訪れる人たちとのギャップから新しいモノが生み出されている」と、このエリアの魅力を語ります。この街に根付くリノベーション文化は、新旧の溶け合うキャットストリートの象徴といえるのではないでしょうか。
FRESHNESS NATURAL MARKET キャットハウス店 営業時間 10:00〜22:00 住所:渋谷区神宮前6-15-2 TEL:03-5464-5570 |
La Fee Delice(ラ フェ デリース) 営業時間 11:30〜23:00(L.O.22:00くらい) 住所:渋谷区神宮前5-11-1 TEL:03-5766-4084 |
巨大ドームの謎!?緩やかに続くキャットストリートの中間、渋谷から原宿方面に向かった左側に何やら巨大なドームを屋上に備える建物を発見!実はここは、大熊正美さんのれっきとした個人宅。ドーム内部には、口径35センチのシュミットカセグレン式の天体望遠鏡を備えた、いわば、キャットストリートで唯一の天文台。でも、なぜ個人宅に天体ドームが・・・。そこで、キャットストリートで生まれ育ったという大熊さんご自身に話を聞きました。「自宅の新築に併せて設置しましたので、完成は平成元年12月。もう18年になります」。そもそも、大熊さんが星に興味を持ったのは40年以上も昔、小学校4年生の頃に、理科の課外授業で東急文化会館の「五島プラネタリム」を訪れたことがきっかけだったそうである。「大きな丸天井の中に足を踏み入れた時の期待感や、中央に鎮座する投影機の威圧感は、今も忘れられません。その日の夜、学校から帰った私は縁側で星空を見上げていました・・・」と同時の興奮をそう振り返る。その後、五島プラネタリウムへと通い詰め、中学生のときには「東京天文グループ」へ入会するなど、星の世界にすっかりと心奪われ、ついに趣味が高じて、自宅に天体ドームを作るに至ったとのこと。
キャットストリートから見える星たちとはいえ、夜間でも煌々と明かりの灯るにぎやかな東京の真ん中、本当に星の観測ができるのだろうか。「確かに、見える星の数は年々減っているので、観測対象は月とか惑星といった明るい天体が中心です。でも月のクレーターや土星の環などはとても良く見えますよ。最近では天体用の特殊なカメラがあって、パソコンで画像処理すれば暗い天体でも観測できますが…」と東京での観測はやはり楽ではないそうだ。ちなみに現在、大熊さんは天文シミュレーションソフトウェア「ステラナビゲータ」の制作や、天文雑誌「月刊星ナビ」を発行する株式会社アストロアーツという会社を経営し、趣味が実益を兼ねたものへと変化しているそうだ。