1979年、東京生まれ。株式会社シゴトヒト代表取締役。明治大学建築学科を卒業後、不動産会社ザイマックスに入社。多くのプロジェクトの経験を通じ、「プロジェクトに最も大切なのは『器』ではなく『人』」という思いを強め、2008年8月、「意義ある仕事を意思ある人に届ける」事業として、求人サイト「東京仕事百貨」をスタートし、翌年10月、シゴトヒトとして法人化。2010年2月より、高校生以上の会員を対象に職場を訪問して働く人の声を聞く会員制ワークショップ「東京仕事参観」を開始した。シブヤ大学しごと課のディレクターも務める。
「生き方を探す人の仕事探し」――それが求人サイト「東京仕事百貨」のコンセプト。給与や勤務地といった従来のスペック重視の求人情報ではなく、そこで働く人の目線から見た風景や人生観、仕事観などを生き生きとした文章や写真で伝えることで、「働く自分」をリアルにイメージしてもらう。そんな読み物としても楽しめる求人サイトとして、東京仕事百貨は求人広告に新たな価値観を吹き込みました。このサイトを運営するのが南青山にオフィスを構える株式会社シゴトヒト。代表取締役の中村健太さんが、東京仕事百貨を通じて実現したい思いや、仕事や働き方をめぐる考え方の変化、また渋谷圏にオフィスを構えるに至った考えなどを語ります。
--東京仕事百貨のアイデアが生まれた経緯をお話ください。
高校生の頃から、“場”、言い換えるとプロジェクトをイチからつくる仕事がしたかったんです。そんな仕事に就くにはどうしたらいいかと考えましたが、まだ高校生だったから仕事に対する具体的なイメージが湧かない。何となく建築学科に進んでデザインを勉強しましたが、大学3年生の頃、「何かが違う」と感じるようになりました。建築デザインは、敷地や用途といった予め決められた枠の中でする仕事ですが、そもそも僕は枠そのものをつくりたかったことに気付いたんです。一方でその頃、とても興味を持ったのがリノベーションです。建物を生まれ変わらせて、全く異なる活用法を提案するこの仕事は、建築家の考える余地が大きくて面白いなと思いました。学生時代はそんなことをいろいろと考え、卒業後はプロジェクトに川上から携われる不動産会社に就職しました。商業施設の開発やオペレーションなど仕事は面白かったのですが、またしても3年目くらいから悶々とした気持ちが生まれ、毎日のように近所のバーに通うようになりました。そのうちに、ふと、なんで自分はこのバーがそんなに好きなのかと考えてみたんです。飲み物や料理は美味しいし、内装も素敵。いくつも好きなポイントは挙げられましたが、決定的な理由は、いつもお店にいるバーテンダーの方に会って話したい! という気持ちだったんですね。それに気付いて閃いたんです。魅力的な場には、必ず「人」の顔が思い浮かぶ風景がある。不動産や建築は、場(プロジェクト)の器であり、自分が求めていた場づくりの仕事というのは、器の中の人と人を繋げることではないか、と。この考えが東京仕事百貨に繋がっています。
--事業化まではスムーズに進んだのでしょうか。
アイデアとビジョンは違うと思うんですね。アイデアはポンポンと簡単に出るけど、ぽつんとあるだけで、まだ行動することはできない。アイデアの実現までの道筋とその先までを順序立てて考え、見通した状態がビジョンだと考えています。「求人」を通して人を繋げたいというアイデアがビジョンに至るまでには、いろいろと考えなければならないことがありました。そんな中で強いインスピレーションを受けたのが、従来とは異なる視点から不動産を再発見して紹介する住宅情報サイト「東京R動産」です。普通、不動産はLDKやロケーション、築年数といったスペックが前面に出されますが、東京R不動産では「レトロな味わいがある」「天井が高い」など、住む人の感覚に寄り沿った情報が重視されています。求人に置き換えて考えると、従来のメディアの情報は、給与や勤務地といったスペックに偏っていました。もちろんそれも大切ですが、具体的な仕事内容のほか、職場で働く人の目線から仕事観や生き方、面白さや大変なことなどを伝えられれば、読む人は「働く自分」をもっとリアルにイメージできるのではないかと考えたんですね。また西村佳哲さんの著書 『自分の仕事をつくる』からも強い影響を受けました。この本は、いろいろな職業の方を訪ねてインタビューし、仕事への考え方や仕事場の様子を淡々と伝えることで、「自分の仕事」とは何かを読者自身に考えてもらう内容。このお二人の考えを参考にしつつ、あとは動きながらビジョンをつくり上げていったという感じです。東京仕事百貨のサイトを立ち上げたのは、2008年8月になりますね。
--当初の反応はどうだったのでしょうか。
最初は、「いいな」と思う会社に僕から連絡してお話を聞き、掲載料をいただかずに掲載していました。しかし、なにぶんにも知名度がありませんでしたから、断られるケースも少なくなかったですね(笑)。いいなと思う会社というのは、仕事は大変でも、みんなが自分の意志を持って生き生きと働いている会社。都内が中心ですが、最近は地方の会社の掲載も増えています。しだいに知名度が高まり、1年くらい前から企業のほうから掲載の依頼が舞い込むようになりました。また東京仕事百貨は、職探しをしていなくても読んでくださる方が非常に多いんです。さまざまな職業の人の生き方や仕事に対する思いなどを紹介していますから、読み物として楽しんでくださっているんですね。そのため、掲載企業からの口コミのほか、読者から掲載企業を紹介されることも多く、とくに地方の掲載企業は大半がそのケースです。
--どのようなことを心がけてコンテンツをつくっているのでしょうか。
取材者の目線から出た文章や写真を通して、読む人に職場の雰囲気などを追体験してほしいと考えています。今っぽく言えば、取材者が読者の「アバター」になるイメージですね。とくに大切にする方針が、会社の良いところだけでなく、ネガティブな面もしっかりと書くこと。時には、掲載前の原稿確認の段階で、「これは書かないでほしい」と指摘されることもありますが、その会社の実情をしっかりと理解して入社したほうが結果的にはプラスになることを説明します。ほとんどありませんが、それでも納得していただけない場合は掲載をお断りしています。その代わり、というわけではありませんが、高い確率で満足していただける人を採用していただけるという思いがありますね。採用後しばらく経ってから、「こんなに良い人が来るとは思わなかった」と言っていただけることはとても多いです。その要因としては、そもそも生き方や働き方を深く考えている人が東京仕事百貨を通じて職探しをしているということがありますし、コンテンツを通して仕事内への意欲や覚悟を深めて入社しているということもあるでしょう。東京仕事百貨は、新卒も中途も関係ありません。日本は新卒のレールから少しでもずれると就職面が不利になりますが、優秀な人も多いんですよね。東京仕事百貨では、そのような人もうまくフォローできているのではないかと思います。
--「東京仕事参観」を始めたきっかけをお話ください。
平日は息を殺したように働いて、休日に深呼吸するような生活を否定はしませんが、もったいないとは思います。さまざまな職場を訪ねて社員と交流し、生き方や働き方を考えてもらう「東京仕事参観」のベースには、本来仕事とは連続した生活の中にあるものでは、という考え方があります。なぜ、生活と仕事を切り分けて考えてしまうのかというと、現代は子どもの頃から仕事に接する機会が減っていることが一因ではないでしょうか。昔は親が働く姿を見たり手伝ったりすることが多かったと思いますし、丁稚奉公などもあった。ところが現在では、大学3年生の就職活動で初めて仕事について考え始める人が多い。だから、なかなか自分の生活の中に仕事を位置付けられない。東京仕事参観では、就職を前提とせず、職場見学やワークショップなどを通して社員の方々と交流し、必ず皆で話をする時間を設けています。そして最終的には、社員の言葉をそのまま受け止めるのではなく、その言葉から「自分はどう感じたか・考えたか」を見つめることを大切にしてもらいます。どんなことでも、自分のものにしなければ意味がないと思うんです。例えば、自己啓発の本が役に立たないことが多いのは、読むだけでスカッとした気分になってしまうから。結局、他人の話なんですよね。東京仕事参観では、大変な仕事だけど誰もが生き生きと働いている会社を選んでいますから、参加者は「こういう生き方や働き方があるのか」と、驚いたり共感したりする場面が多い。そのような体験を通して、人生や仕事に対する自分のスタンスを考え直すことで、顔付きまでが変わっていきます。