1966年三重県生まれ。89年学習院大学卒業後、広告会社を経て93年より株式会社宣伝会議に入社。96年より「宣伝会議」編集長。2003年より「環境会議」「人間会議」編集長を兼任。07年10月より宣伝会議編集室長。専門は広告コミュニケーション、広告会社、メディア動向・分析。また、企業の広告賞審査員、日本広報協会広報アドバイザー、全国広報コンクール・広報紙企画部門審査委員なども務める。情報系テレビ番組のコメンテーターなど。
昭和29年の創刊以来、日本の広告界の発展と共に歩んできた『宣伝会議』。10年以上、『宣伝会議』の編集長を務め、ご自身も渋谷をよく利用するという田中里沙さんに、渋谷の変遷や、広告・マーケティング的な観点から見た渋谷の街の価値を語っていただきました。
--渋谷には今もよく行きますか?
毎日のように、東急百貨店でお買い物をしています(笑)。駅から近い東横店に行く割合が高いのですが、本店のコンシュルジュの方には、テレビやイベント出演時、スタイリングの相談にのってもらったりしています。学校も会社も渋谷を経由して通っていた経験から、生活の場としても仕事場としても渋谷にはよく行きますね。子どもの頃、両親と東京に出てきたときに日吉の叔父の家から渋谷に遊びに行きました。ハチ公前の道路が広がっていて、あまりに人が多くてすごい街だと思ったことを覚えています。
--その頃と今の渋谷で変わった点はありますか?
文化発信がわかりやすい形で前面に出てきた、というのが昔と今の違いでしょうか。昔はまだ導線が確立されていなくて、みんな好き勝手に街を歩いていたように思います。今は目的に合わせたアプローチがあり、街としての整備がなされてきている気がします。原宿から流れてきた場合、代官山に進む場合といったゾーン毎、若い高校生やBunkamuraに行く年配の方といった世代ごとのルートがきちんと設計されているように感じます。百貨店以外にも、よく取材でNHKはじめ、ネット系企業やクリエイターのオフィスなどに行くのですが、NYやロンドンのクリエイティブ・ブティックのような雰囲気があります。そういうオフィスは青山にもありますが、渋谷の方が生活と仕事が入り交じっているような、いい意味で雑多な感じがします。そういう空気は六本木にもないですし、有楽町や丸の内にはまずないですね。NHKのあたりから公園通りを降りてくると本当に雑多な感じがしますよね。NHKの方たちもその街の呼吸を感じているので、生活視点の幅広い番組が作れるのかなと思ったりしています。ニュースなどで映るスクランブル交差点の映像などを見ても、そのように感じます。
--渋谷の街が持つ、広告的価値についてはどうお考えですか
私もそうですが、渋谷には「○○を買おう」と用事を思って出かけるので、心がアクティブになっている時が多いと思うんですね。せっかく「渋谷に出る」のだから、物でも精神的な面でも情報でも、何か持って帰りたい、自分のモノにしたいと貪欲になっているような……。心が前向きになっているときの「広告」はすごく受け入れられやすいんです。クリエイターの方もそういう気分をわかって作っているので、例えば交通広告でも、渋谷の駅だけ違うバージョンがあったり、「渋谷の駅のあそこに貼るために印刷する」という意識が強いのでしょう。広告自体がニュースになるようにしよう、という思惑もあるのでしょうね。
--渋谷にいる人は他の街にいる人と違うのでしょうか?
私は丸の内あたりに行くときは、「様子を伺いに行く」というお客さん的な姿勢になるのですが、渋谷に行くと本当の意味での消費者というか、「お客さんを越えて中に入っちゃおう」という気持ちになれて楽しい気分になります。元々、心がアクティブになっているという状況もあるのでしょうが、聞く耳を持っていたり、何かメッセージを感じようとするときに受け取る広告の効果は大きく違いますね。そういう意味では広告に向いている街なのではないでしょうか。
--広告の世界において、スクランブル交差点などはどう捉えられているのでしょうか?
みんなが知っている場所、観たことがある場所というのは強みがありますね。訴求力もありますし、インパクトという点でも駅前にある大型ビジョンの効果は大変大きいですね。交差点にある3面のビジョンが同じ広告を映し出すとなると、「見に行かないと」というぐらいのニュースになりますよね。あの交差点は、渋谷の駅を背にして「これから出かけるぞ」というところにあるので、かなりハイテンションになりますから、例え急いでいてイライラしていても、交差点の空気感や大勢の人の熱気が、そのイライラすらもエネルギーに変えてしまえる力があるのかもしれませんね。