小西康陽さん 1959年札幌市生まれ。青山学院大学卒業後、1984年にピチカート・ファイヴを結成。リーダーとして2001年の解散まで在籍した。1990年代には「渋谷系」といわれるムーブメントの中心として、国内のみならず、欧米でも高い人気を博する。現在は、2000年の「慎吾ママのおはロック」をはじめ、プロデューサーとしても活躍。また無類のレコードコレクターでもあり、都内や海外のクラブでDJとしても活動している。
1990年代、「渋谷系」と呼ばれる音楽ムーブメントが花開きました。このムーブメントは、音楽のみならず、ファッションやライフスタイルにまで広がり、当時の若者カルチャーに大きな影響をもたらしています。その仕掛け人となったミュージシャンの一人が、ピチカート・ファイヴのリーダーを務めた小西康陽さん。ムーブメントのさなかにあって、小西さんは、この渋谷発のカルチャーをどのように見つめていたのでしょうか。幼少期からの渋谷とのかかわりなどとともに、存分に語っていただきました。
--小西さんが初めて渋谷を訪れたのは?
僕は札幌生まれですが、幼稚園の頃に東京に引っ越し、中学1年まで恵比寿に住んでいました。だから初めて渋谷に来たのは幼稚園の頃。小学校に通っていた時も買物や映画といえば渋谷で、今はなきプラネタリウムを訪れた記憶もあります。小学校6年の頃から音楽に夢中になる以前は、とにかくマンガが大好きで、こちらも今は閉店した大盛堂本店に足しげく通っていました。僕が小学校6年の頃は、1968年のフランスの学生運動が世界中に飛び火して各地で若者が戦っていた時期でね。学校の帰り道、いつものように渋谷にマンガを買いに行ったら、乗っていたバスがデモに囲まれて動けなくなり、それで家に帰れずに随分と親に心配された記憶があります。
--子どもの頃から渋谷が大好きだったのですね。
そうですね。その後、札幌に戻り、高校を卒業後に一浪して青山学院大学に入学し、渋谷との深い付き合いが再開しました。当時、NHKの裏手に喫茶店があって、そこに僕や友達にとっての音楽やファッションの先生みたいなマスターがいました。もともとフォークシンガーをしていた人で、情報に対するアンテナがとにかく敏感。残念ながら、昨年、亡くなってしまったのですが。その店に通い詰め、いろいろと影響を受けたことが、僕の土壌の一部になっています。振り返れば、幼い頃から、渋谷の街の文化的な影響を受けてきました。小学校の頃、並木橋に寺山修司さんの天井桟敷館がありましてね…人目を引く真っ白な二階建てくらいのビルで、外に2体のマネキン人形が置いてあり、かなりサイケデリックなんですよ。いつもバスの中から「何だろう」と、恐る恐る眺めていました。さらに、アンダーグラウンドな演劇のポスターやチラシが街中に貼ってあって、大盛堂のレジの周りにもミニコミ誌が山のように積まれていた。そのように僕は渋谷で初めてユースカルチャーと出合ったんです。
--大学時代はほとんど渋谷で過ごしたのですか。
そうですね。音楽を中心とした関心のほとんどが渋谷の街で満たされたので…。新宿にはあまりなじめず、大学の4年間でほとんど行きませんでしたよ。東急文化会館も思い出深い場所でしたね。1階に「ユーハイム」という喫茶店があったでしょ。バンドの新メンバーを募集し、オーディションというか、面接を行うのは、いつも「ユーハイム」でした。すごく分かりやすい場所でしたしね。それから2階の「ジャーマンベーカリー」という店は、ピチカート・ファイヴのメンバーの高浪さんと、何度も打ち合わせをしましたね。「猫の舌チョコレート」というチョコがお気に入りでした。そのように僕がずっと渋谷で過ごしていたこともあって、ピチカート・ファイヴの音楽が渋谷と密接に関わっているのは間違いないけど、今思えば、特に昼間の渋谷からインスピレーションを受けていた気がしますね。夜の渋谷には昼間とは違った顔があるけど、僕がそれを深く知るようになったのは、ここ10年くらいですから。
--渋谷のどのあたりから音楽的なインスピレーションを受けるのでしょうか。
僕の場合、リラックスした時に曲が浮かぶんです。特にお風呂に浸かっている時とか。渋谷にいると落ち着くからか、不思議なことに曲が生まれてくることが多いんですよ。NHKに向かって公園通りを走るタクシーの車内とか、レコード店を目指して街を歩いている時とか。そういうことが多いから、何だか神通力のようなものを感じていました。僕にとってはお風呂と同じように、リラックスできる街なんでしょうね、渋谷は。
--最近、よく行く場所はありますか。
明治通り沿いにある「ハイファイ・レコード・ストア」は、僕が世界中で最も好きなレコード店。今でも最低月2回は通っています。ここは何か縁があるというか、以前同じ場所に違うお店があって、むかし「店長にならないか」と言われたこともありました(笑)。何が魅力かというと、まず品揃えがすごい。そして、この店に入ると、自分が「永遠の学生」になったような気分になるんですよ。昔は僕も音楽は若者のモノだと思っていたけど、この歳になってもまだ音楽の魅力は尽きないし、若い頃には良さが分からなかった音楽を、今聴くと、全く違う印象を受けることも多い。そういう音楽に出合えるレコード店がココなんですね。こういう小規模なレコード店は以前に比べて渋谷から減ったけど、今でも残るところは残っていて、十分に見応えはある。海外のミュージシャンが渋谷を訪れたら、大喜びしますからね。