編集プロダクション「ドゥ・ザ・モンキー」を主宰、エディター・ライターとして活躍する一方で、「タモリ倶楽部」などのテレビ番組への出演、またJ-WAVEではパーソナリティーを務めるなど、多方面に才能を発揮する渡辺祐さん。特に音楽関係の媒体に関わることが多いことから、渋谷の音楽事情に非常に詳しい渡辺さんが見つめてきた渋谷のカルチャーの変遷と、渋谷への思いを語っていただきました。
--渋谷は学生の頃から遊び場だったのでしょうか。
学生の頃は、むしろ新宿で遊んでいたんですよ。芝居や映画や出版など、濃いめのカルチャーが好きだったから。ゴールデン街やジャズ喫茶への憧れもありましたしね。だから渋谷にはあまり来なかったけど、ポツポツと面白い場所が現れ始めているなというイメージはありました。とくに80年代前半にピンクドラゴンができたときは衝撃的だったなぁ。派手なピンクのフロリダ風の建物で、当時は屋上にプールもあって。編集の仕事でちょくちょく撮影に使わせてもらいましたね。レゲエを聴かせる飲み屋ができたのも、渋谷は早かったと記憶しています。頻繁に渋谷を訪れるようになったのは、86年に会社を辞めて独立した前後から。音楽関係の人との打ち合わせの場所が、渋谷が多かったんですね。でも、さすがに渋谷は家賃が高かったから、はじめは恵比寿や三宿に事務所を構えていました。やっと渋谷に移転できたのは8年ほど前。歩いて5分でタワレコやパルコブックセンターなんかに行けるし、ライブハウスの開演時間のぎりぎりまで仕事ができるし・・・良いこと尽くめですよ。朝は仕事前にふらっとタワレコに立ち寄ることもしばしばです。フロアをぐるっと歩くだけで情報収集になりますし、適度な運動になりますね(笑)。
--渋谷の人混みは仕事をする環境としてどうでしょうか。
人混みはまったく気にならないんですよ。ゴチャゴチャした雰囲気にも抵抗がない。渋谷には居場所がないと言って敬遠する大人も多いけど、僕は若い子が地べたにしゃがみ込んでいても、基本的には何も気にならないですからね。むしろ、若者を中心に、いろいろな種類の人間がボーダレスに集まる点には街としての面白さを感じます。自分が歳を取ったと自覚しないで生きてきたからかもしれませんけどね(笑)。
--渋谷の街の面白さは何だと感じていますか。
渋谷には80年代から、人が人を呼ぶ形で文化が生まれてきました。とある面白い人間がレコードショップや洋服屋、飲食店なんかを始めて情報を発信すると、「面白そうだ」という話が広がって、そこにサロンというか、人の集まりが形成される。これは、小規模な雑居ビルをはじめ、家賃がさほど高くない物件が多く、個人での経営が可能だからこそ起こりうることです。それが渋谷のカルチャーを支えてきたのです。宇田川町にはインディペンデントなレコード屋がたくさんあるし、いわゆる裏原もまさに個人の力の集積で形作られたエリアでしょう。数多く点在する小規模なライブハウスも同じ感じですね。「あいつがライブをするから行ってみようか」となる。では、なぜ、個人でショップを経営したいという人は渋谷に集まるのか。そういうタイプの人は、儲けのために数をさばくのではなく、自分が作ったりセレクトした商品の良さを理解してほしいという気持ちが強いんですね。その点、渋谷には、サブカルとくくられるカルチャーが集積していて、似た趣味や感覚を持つ人が集まる。渋谷に集まる人たちは、テレビなどのマスメディアで流されている情報ではなく、「これ、いいね」という自分の感覚を大切にしますからね。だから、自分が求める客に出会えるだろうと考え、渋谷に店を出す人が多いのでしょう。
--渋谷の文化は「個人」が作り上げてきた側面が大きいのですね。
そう言えると思いますね。一つ例を挙げましょう。以前、渋谷系と呼ばれていた音楽のジャンルがありましたよね。あれは、もともとHMVのスタッフが「渋谷に集まる人には、これが売れるだろう」と特別な棚を設けたことから始まりました。そのように、渋谷を発祥とするカルチャーのなかには、元を辿ると、個人に行き着くケースが少なくないと思いますよ。しかし、最近、再開発によって、個人の力が駆逐されてしまいかねないことを少し危惧しています。確かに経済的に考えれば、小さな雑居ビルをまとめて大きなビルを建てたほうが効率はいい。でも、それではマーケティングによって作られたツルンとした平均的な街になりかねません。若者の間では、大きな商業施設で買い物をして、チェーン展開する居酒屋に行ってケータイでモノを買って・・・と、マスを対象としたマーケティングに沿った行動パターンが少なくないようです。そこにはカルチャーを作る人との出会いはありません。まるでアミューズメント施設を利用する感覚で街を訪れている。我々の世代と比べ、今の若い世代のカルチャーに対する感覚は明らかに変わってきていると思いますね。
--仕事柄、音楽関連の店を訪れることが多いと思います。以前と比べて変化はありますか。
これは渋谷だけの問題ではないのですが、とくに邦楽ではダウンロードでの購入が急増していますから、少なからず、その影響は受けていると思います。だけど、渋谷には80年代に生まれたDJ文化が根付いていて、アナログレコードが大量に売られています。今のところ、その状況に変わりはありません。ただし、最近はiPodを使うDJも増えていますから、今後は、その影響も受けることになるでしょう。レコードショップだけでなく、渋谷を歩いていて興味深いのは、あるカルチャーに対する人々の感覚が変わると、それが如実に表面化することです。たとえば駅前のTSUTAYAでは、ある時期、大量にあったビデオが一斉にDVDに切り替わりました。そして、海外ドラマの本数が急に増えた。世の中の皆が何を観ているのかが、とてもよく分かります。また、旧来型の何でもありの書店が減っている一方で、嗜好性の強いセレクトを特徴とする書店は増えていたりすることも、人々の感覚の変化が表れているといえるでしょう。他の街の喫茶店であれば、毎日、同じコーヒーを出していても問題ありません。大人の嗜好はなかなか変わりませんからね。ところが渋谷には若者が集まるため、次々にブームが訪れる。だから同じコーヒーを出し続けるだけではダメで、季節メニューや限定メニューを開発しなくてはならない。しかも、センスが問われる。そういうことが単発で発生するのではなく、街全体で起こっているのが渋谷らしさだと思います。
--今後、渋谷の街はどのように変わっていくのでしょうか。
最近、渋谷を歩いていると、高級時計を販売する路面店が増えていることに気付きます。ほかにも、上質感を強調したショップや飲食店が増えているようです。一見、大人を対象にしているようにも思えますが、むしろ、これは女性を意識しているのではないでしょうか。近年、商品やサービスに上質感や清潔感を貪欲に求める女性が増える傾向があります。新たなエステや化粧品なども、次々に登場していますよね。2007年3月に「AneCan(姉キャン)」が創刊されましたが、そうした流れと渋谷の変化は無関係ではないように思えます。ガングロの次の流行として、その方向性が強まるかもしれません。後は、繰り返しになりますが、やはり小さな雑居ビルが残って、個人の力で街に挑戦できる余地が残されることを強く望んでいます。儲からないものが排除されるのは、ある程度は仕方ないことだと思いますが、スタートラインを切りたい若者が集う場所として渋谷は必要だと思います。そういう街である限り、渋谷から人がいなくなることはないでしょう。
■プロフィール
渡辺祐さん
1959年神奈川県生まれ。早稲田大学第2文学部中退後、学生時代にアルバイトをしていた宝島社の社員となる。1986年にフリーランスのエディター・ライターとして独立し、「VOW」シリーズを大ヒットさせるなど、数多くの出版物を手がけ現在に至る。出版以外にも、「タモリ倶楽部」への出演や、ラジオ番組の選曲・構成・出演などでマルチに活躍。現在、「e-STATION GOLD」(J-WAVE 毎週金曜11:30〜16:30)のナビゲーターを務めるほか、「週刊朝日」「Style」などで連載を担当。宮下公園近くに編集プロダクション「ドゥ・ザ・モンキー」を構える。