8年ぶりに「表参道アカリウム」として復活した表参道のイルミネーション。「あんどん」をイメージした和の情緒あふれるあかりが1月8日までケヤキ並木を幻想的に彩っています。そのプロデュースを手がけた面出薫さんにアカリウムのコンセプトや、照明デザインの観点からの渋谷への提言などを伺いました。
--「アカリウム」のコンセプトをお話しいただけますか。
表参道のイルミネーションが1998年に中止されたのは、とても寂しいことでした。とくに地元の商店街の人たちや若者たちは残念がって「いつか復活させたい」と、ずっと考えていたと聞きました。ようやく今年、その思いが「アカリウム」として現実になりました。かつてのキラキラとしたイルミネーションとは全く趣が異なり、アカリウムは和の情緒を追求した演出です。そもそも表参道は明治神宮へと延びる歴史的な参道ですから、ぼんやりと温かくにじむ、柔らかい「あんどん」をイメージした照明を作りました。西洋的なクリスマスよりも、日本的な年末年始の行事に視点をシフトし、新たな「光の歳時記」を表参道から発信したいと考えたのです。暖かく拡散する「和のあかり」を基本にしながらも、地球に優しいLED(発光ダイオード)を使って、多彩な表情の変化を演出しました。
--そのようなコンセプトに至ったのには、どのような経緯があったのでしょうか。
1998年からの8年間で人々の価値観は大きく変わりました。当時の表参道の商店会は原宿シャンゼリゼ会(現:原宿表参道欅会)という名称でした。そこには欧米の都市をモデルにするという発想があったのですね。日本人は外からデザインを借りてアレンジするのが上手いという長所がある反面、オリジナリティがないとしばしば批判されてきた。ところが、近年、その状況は変化し、建築家や僕らのような照明デザイナーは海外での仕事が増え、日本発のデザインが注目されるようになりました。たしかに、近代デザインの源流は欧米にあるかもしれないけれど、日本や中国、インドなど、アジアの国々から発信されるデザイン文化が世界中で受け入れられている。いまや、欧米を追いかけるという構図は終わったのです。そこで、アカリウムでも日本的な美に立ち戻りたいという考えがありました。かつての表参道のイルミネーションは草分け的な試みとなって地方に伝播しましたが、数年後にはアカリウムが目指す優しいあかりのデザインが、日本各地にブームを呼び起こすかもしれません。光の洪水を期待して訪れる人には、少し物足りないかもしれませんけどね(笑)。新しい価値観を提示するには、どこかで期待を裏切らなければ先には進めません。時期尚早かなという思いも多少はありましたが、今のところアカリウムを受け入れてくれる方は少なくないようです。
--面出さんと渋谷との出会いは?
東京生まれですから、文化やデザインの発信地である渋谷や原宿には昔から足繁く通っていました。渋谷に事務所を構えたのは、周囲の環境にインスパイアされることが多いから。とくに僕の事務所のある神宮前は、都会の雑踏と住宅地の静けさを背と腹に感じられる環境です。街としてのダイナミズムを非常に感じますね。デザインは多様な人々と接触し、コミュニケーションを積みながら作り上げるものです。その点、渋谷には大勢の人が渦巻き、自分とは異なる人種も多い。そして人々の期待の延長上ではなく、つねに期待を裏切る形で新しいファッションや文化を生み続けている。そういう特徴は他のどの街にも見られません。いわば街中に発想の起爆剤が転がっているような感じですね。
--照明デザインの世界では、渋谷はどのように位置づけられますか。
渋谷では新しい照明テクノロジーがいち早く試されます。近年、ブームのLED(発光ダイオード)をコンピュータで制御する技術も、渋谷の繁華街にはいち早く取り入れられました。その先進的な光景は世界から注目されています。以前、ニューヨークの有名な照明デザイナーから、タイムズスクエアのリノベーションのコンペティションに参加するので、渋谷の夜の光景をビデオに撮って送ってくれと頼まれたことがありました。彼は渋谷にインスピレーションを感じたというのですね。渋谷には、国内はもちろん、ニューヨークにもパリにも見られない独自性のある光景が広がっていることを誇ってもいいと思いますよ。とくに夜景は特徴的で、渋谷の魅力は、昼間の12時間よりも、夜間の12時間にあるといえるかもしれません。
--照明デザインの観点から、渋谷の課題をお話しいただけますか。
先日、シンガポール政府から依頼されて都市照明についてのプレゼンテーションをしました。赤道直下のシンガポールの夜を楽しむには、どのようなトロピカルな夜景がふさわしいかを考えたのです。それと同じように渋谷らしさを演出するために個性的な都市照明を考えていく必要があるでしょう。これまでは光を増量することばかりに気を取られていましたが、夜を昼のように照らし出すだけで本当に人々は幸せになれるのか。そういう時代は終わったと、僕は思います。光の足し算をするだけでなく、ときには引き算をして影をつくることも必要ですね。光の量ではなく、一つひとつの商業施設に合わせて洗練された演出をすることが今後の発想の鍵となるのではないでしょうか。「ちょっと一杯飲んでいこうか」と思ったときには、こうこうと照らし出されているよりも、ポッと赤提灯の灯る薄暗い街の方が気分に合いますよね。「渋谷にはこんなにカッコいい影があるんだ」と思わせるような街づくりを望みます。
--そのほか、渋谷が魅力を増すためには何を改善したら良いでしょうか。
テーマパークのように全てが計画された街とは違い、渋谷は自然発生的に生まれた街です。それゆえのダイナミックさは大きな魅力ですよね。とくに四方八方から通行人が入り乱れ、無数のコマーシャルサインが一様に向いている駅前のスクランブル交差点は、巨大な都市の屋外ステージといえるほど面白い光景です。あの交差点を照明で演出したら面白いなと思いますね。しかし、街に計画性がないゆえに駅前に経済合理性ばかりを追求した看板が氾濫し、あまり美しいとはいえない光景が表れやすいのも事実です。ですから、今後はある程度のデザインコードが必要になるかもしれません。渋谷には、新宿や銀座など他の街とは異なる文化が確実に存在します。その本質を渋谷にゆかりの深い人たちが突き詰めて考え、新しい街づくりに生かしてもらいたいと思います。渋谷の街を考えるデザイン・コミッティなどをつくってみてはいかがですか?
表参道アカリウム約1キロメートルのケヤキ並木を彩る光のイルミネーションが8年ぶりに復活。60基の街路灯を半透明の二重の膜で覆い、その内側からLED(発光ダイオード)の柔らかいオレンジ色の光であんどんのように演出する。時間によってあんどんの色が様々に変化するシーンもプログラムされている。 期間:12月5日〜1月8日 |
■プロフィール
面出薫さん
照明デザイナー、株式会社ライティング プランナーズ アソシエーツ代表、武蔵野美術大学教授
1950年東京生まれ。東京芸術大学大学院美術研究科修了。大手建築設計会社勤務などを経て、1990年にライティング・プランナーズ・アソシエーツ(LPA)を設立。住宅や建築、都市・環境など幅広い分野の照明をプロデュースするかたわら、都市の光を観察・調査する市民参加の照明文化研究会「照明探偵団」を組織し、団長として精力的に活動を展開中。
「表参道アカリウム」を中心に、これまでに面出さんが手がけたプロジェクトを例に挙げて、照明デザインの狙いや意義を解説する講義が行われた。 |