いわゆるデジタルファブリケーションが、「21世紀の産業革命」とも呼ばれる大きなうねりを生み出す中で、渋谷には「しぶや図工室」「FabCafe」「co-factory」などのデジタルものづくりスペースが次々に生まれています。その中心にいるのが、みやしたこうえん近くにある「しぶや図工室」を拠点に“ものづくり系女子”として活動する神田沙織さん。平日はアッシュ・ペー・フランスでアパレルの広報に携わる傍ら、休日は3Dプリンタなどのデジタルファブリケーションの普及に努めています。今回のキーパーソンでは、「日本で一番3Dプリンタに詳しい女子」である神田さんを迎え、デジタル系ものづくりが渋谷で自然発生している現状について語っていただきました。
普通の女子大生だった私が、3Dプリンタに魅せられるまで
_最初に、ものづくりに興味を持ったきっかけをお聞かせください。
父の影響です。精密板金の工場で営業や生産管理の仕事をしていた父は、私が子どもの頃から週末に工場見学に連れていってくれました。地元の大分県には新日鉄をはじめ、いろいろな企業の工場があり、父の解説を聞きながら回るのがとても楽しみで。週末のレジャーが工場見学って、ちょっと変わっていますけど(笑)。小学校低学年の頃、夏休みの自由研究でゴムじかけの車を工作した時は、父から「最初にポンチ絵(図面)を描け!」と言われ、いろいろと指示に従ったら、ものすごくハイクオリティな作品ができてしまい、先生に思い切り怪しまれたことも(笑)。そんな父の話に付き合うため、当時の愛読書は『日経ビジネス』。中でも、倒産などの憂き目にあった経営者にインタビューする「敗軍の将、兵を語る」というコーナーが好きで(笑)。そういう意味では、ものづくりの英才教育を受けるような形で育ちましたが、中学生以降は、美術や図工がちょっと好きなだけの普通の女子生徒でしたよ。大学は家政学部でしたし。それでも、就活の時期になって「やっぱり、ものづくりの仕事がしたい」と思い立ち、家電などのメーカーを回ったりして。そんな時、就活のフェアで出合ったのが、「3Dプリンタ」を取り扱うインクス(またはINCS)(現SOLIZE)という会社でした。レーザーが照射されて生じる青い光が、SFっぽい感じで「すごい!」と思い、入社させてもらいました。
_大学時代とは完全に畑違いの分野ですが、苦労はなかったですか?
技術営業職でしたが、最初はホントに大変でした。お客さんの町工場などに行くと、「そんな靴(ハイヒール)で入って来るな!」とか、「図面の話もできないくせに!」とか……。研修はみっちりありましたが、それでも、現場では分からないことだらけ。めげずに頭を下げて「教えてください!」とお願いしたら、「しょうがねえな」なんて感じで教えてくれて、少しずつ学んでいきました。ところが入社から1年ほど経った頃、リーマンショックのあおりを受け、事業も少なからず影響を受けました。状況を少しでも打開できればと、思い切って、個人向けの3Dプリンタのプリントサービスの立ち上げを会社に提案してみたんです。そうしたら、「営業の仕事と並行してやってみろ!」という話になり、社内ベンチャーのような形でやらせてもらうことに。当時はまだ3Dプリンタを使う個人は少なく、最初はお付き合いのある設計者さんなどがプライベートで注文してくれる程度でしたが、続けるうちに、少しずつ事業が拡大。2年後くらいにようやく軌道に乗ったため、そろそろ次の挑戦をしたいと思い、向こう数カ年の事業計画を立てた上で転職を決めました。
神田さんが責任編集した日本初の個人利用に特化した「3Dプリンタ」の入門書。
男子よりも女子のほうが潜在的にものづくりを求めている
_次はどのようなお仕事をされたのでしょうか。
3Dプリンタなどを用いたデザインコンサルティングの会社です。例えば、携帯電話や家電製品のデザインを変えたいという企業に対し、マーケティングやコンセプトづくりを行い、3Dプリンタなどでプロトタイプを作成し、新製品が具体的にイメージできるように提案をする仕事でした。この会社にいる時に、しだいに3Dプリンタが一般に知られ、盛り上がってきました。そこで3Dプリンタの楽しさを少しでも伝える活動をしたいと思い、“ものづくり系女子”の活動を始めたんです。でも、3Dプリンタのおすすめなどを聞かれても、会社に在籍している立場では、なかなか自由に発言できないことがあり、ちょっともどかしくなってしまい……。思い切って会社を辞め、自由に活動することにしました。それまで広報の仕事をしていた経験もあったため、そのつながりからアパレルの卸売から小売店まで手掛けるH.P.FRANCE(アッシュ・ペー・フランス)の広報職に応募しました。面接で業務経験を話した時は、「3Dプリンタ??」と不思議がられましたが、「お客様に製品のコンセプトを踏み込んで説明して理解していただくという点では、お洋服と同じです」とちょっと強引なアピールをしたら、採用していただくことに。今、担当しているのは「Lamp harajuku(ランプ原宿)」というセレクトショップです。1点ものも多く、アーティストさんのクリエイションを販売しているショップです。この会社で広報の仕事をして、就業後や週末などの時間を“ものづくり系女子”として活動しています。
_“ものづくり系女子”の活動についてお聞かせください。
フィギュアをはじめ、様々な形の立体成型を簡単に作ることが出来る3Dプリンタ。
「ものづくり」といえば、もともと男性が中心でしたが、女の子がおしゃれをして楽しんでもいいのかな、と思ったことが出発点です。「ものづくり系女子ならではのガールズトークをしよう!」という軽いノリで、その思いに共感する「ものづくり系」の仕事をする女の子5人ほどが集まって始めました。最初はワークショップなどをホームページで告知して、きっちりと活動していこうと考えていましたが、実際に女の子が集まると「ラフな女子会」みたいな雰囲気になることが多くて。たとえば、「ストッキングで安全靴を履くと伝線するよね」とか、「せっかくネイルをしたけど、現場に入るから落とさなきゃ」とか…、女子ならではのトークがいろいろあるんです(笑)。そこでカチッとした集まりではなく、ものづくりを中心に置いた女子会でいいのかなと、肩の力を抜いて考えるようになりました。皆でお話ししながら、子ども向けの電子工作キットをつくったり、今は3Dプリンタなどのいわゆるデジタルファブリケーションを使って工作をしたり、ゆるく活動しています。
_ものづくりに関心のある女子って多いのでしょうか。
今、ものづくり系女子のメンバーは140人を超えました。 ものづくりの現場にいる人、イラストレーターやデザイナーなどクリエイター、他にも企業の事務職や女子大生など様々です。そもそも女子って、男子よりも家具や小物などにこだわりのある人が多いじゃないですか。だから、これまでは機会がなかっただけで、ものづくりを潜在的に求めている女子はとても多いと思うんです。デジタルファブリケーションの普及は、女性や子ども、お年寄りなど、あまりものづくりと関わりがなかった層にとって、ハードルを大きく下げる意味があると思います。でも、「やってみよう」と思ってもらうためには、きっかけが必要です。新聞の社説で「このままでは、ものづくり立国・日本のポジションが危うい!」などと論じられても、渋谷にいる女子が「それじゃあ、私がやってみよう」とはなりませんよね。それよりも、普通の女子である私たちが、「これ、3Dプリンタで作ったんだよ」と言って、かわいい作品を見せる方が、よっぽど興味を持ってもらえると思う。そうやってものづくりの楽しさを伝えていくことが、“ものづくり系女子”の一番のねらいなんです。ちなみに「自称女子」であれば、男子の加入も歓迎ですよ(笑)。