「自宅から近い」(福井さん)
西:次のキーワードは「自宅から近い」。福井さん、これはどういう意味ですか?
福井:そのままなんですが…(笑)。私は小田急線の梅ヶ丘に住んでいます。仕事場のある神山町は渋谷駅から少し遠いし、神泉からもそこそこの距離がある。私の場合は、小田急線1本で代々木八幡へ行って、そこから会社まで歩きます。渋谷の真ん中に寄らないでいいので、心が落ち着いていて精神的に健康でいられます。神山町エリアは、編集プロダクションとかNHKの関連会社とか、いわゆる「ものづくり」系の会社さんが多い。そうなると労働時間がすごく長いので、職住というか、住んでいる場所と働いている場所の距離はすごく大事になりますね。ですから、結構近くに住んでいる人は多いと思います。
西:編集の場合、終電というタイムリミットに縛られたくないという人も多いでしょうね。タクシーで帰れる範囲ということでしょうか。
福井:そうですね。中には梅ヶ丘までスケボーで帰る人もいます。タレントさん、モデルさんでも歩いて帰るとか、何か普通の感覚ではないエリアかもしれません。
「宇田川族・自転車族」(高野さん)
西:今度は、神山町の手前にある宇田川町から派生したキーワードでしょうか?高野さん、「宇田川族」とは何ですか?
高野:ファッションの主役になる人たちって年によって微妙に違うのですが、今年は割と30代か40代前半ぐらいかなと思っています。宇田川町に世界一のレコードショップがあったころとか、クラブがいっぱいあったころ、あの時代に青春を送った人たちです。多分神山町やその周辺に事務所などを設けて独立する経営者の多くが、きっと「宇田川族」なんじゃないかと…。
西:もしかすると、1年後には「宇田川族」というキーワードが広がっているかもしれませんね(笑)。続いて、同じ族つながりで「自転車族」も高野さんですね。
高野:これも今までの話につながるのですが、渋谷に自転車で通ってくる人たちのことですね。当社には40代で自転車通勤に切り替えたという人が多くて…。走る人が増えたのと同じく、実生活の中の健康管理とかエコとが全部つながっているような気がします。確かニューヨークのブロードウェーでは半分が自転車専用道路になっているという話を聞いたのですが、もう少し渋谷も「自転車に優しい街」になっても良いのではないかと思います。
福井:ウチのオフィスでも、3年ほど前から、吉祥寺から1週間のうち半分ぐらい自転車通勤で来ているスタッフがいます。
西:すごいですね。自転車はエコロジーの一つで、大きな意味でファッションともつながっています。スタイルとしても斬新で、「かっこいい」というのは渋谷らしくていいなと思います。
「おしゃれな店が多い」(松永さん)
西:ファッションという点では、松永さんから「おしゃれな店が多い」というキーワードがありましたが…。
松永:渋谷を中心に原宿、表参道、青山辺りから代官山を含めた周辺には、アパレルメーカーも含めてアパレルのショップから雑貨、ヘアメイク等に関係する店がずっと連なっています。ここは日本でも最大の「オシャレ」の集積地。そこが渋谷の最大の魅力かなと。そもそも私が渋谷に来たのはファッションが一番隆盛を誇っていた29年ぐらい前。当時はファッションがものすごいエネルギッシュで、日本のファッションが世界に進出していくというような状況だった。そんなエネルギーが満ちている時代にファッションの世界に飛び込み、それからファッションが停滞してきたところだったのですが、ちょうど次世代機というコンシューマーゲーム機「セガサターン」や「プレイステーション」が登場した年に新会社を設立。ファッションからキャラクターコンテンツへビジネスチェンジしたのが15年前ごろでしょうか。秋葉原も今や世界に発信してコンテンツを売っていこうというところまで来ましたが、30年前は渋谷を中心にコンテンツを世界発信しよう、という思いがありました。
西:松永さんは今さらっとおっしゃいましたが、アパレルからアニメ、ゲームマーケットに乗り換えたという人はほとんどいませんよね。それで成功したのはすごいと思います。
松永:「ものづくり」に対してのこだわりだけです…(笑)。
「エンタメ系の箱やショップがある」(松永さん)
西:次も松永さんのキーワードで「エンタメ系の箱やショップがある」。ライブシアター、ライブハウス、映画館…渋谷にはさまざまな施設がありますね。
松永:ライブをやる時には渋谷はもう必要不可欠な街。ライブイベント、ホールも含めて、こんなに集積している場所はありません。先ほど宇田川の話になりましたけど、音楽の流れはCDショップ、そもそもはレコードショップがスタートですね。音楽から、それを楽しむクラブに至るまで若者の嗜好性と言いますか、楽しみを満たす装置の集積は、それこそ日本一じゃないでしょうか。
「深夜営業の飲食店が多い」「24時間営業の書店が多い」(福井さん)
西:福井さんからは「深夜営業の飲食店が多い」というキーワードが出ています。これは先ほど話が出ましたが、夜遅くまで何らかの仕事をやっているクリエイターが多い街なので、そういうマーケットがあるのでしょうね。
福井:神山町は完全にそうですね。桜丘町には最近、「24時間営業の書店」として「あおい書店」ができました。突然資料集めをしなきゃいけなくなったり、明日までに何かをまとめるということが起こりうるので、そういうときに開いている店があるととても助かります。ウチの書店も当初は深夜2時まで営業していました。周りにそういう人たちが多いので、すごく評判も良くてお客様にも来ていただいて良かったのですが、一方で店員が疲弊してしまいまして…これは逆効果だと、ちょっと時間を短縮させていただきました。
西:80年代には六本木の青山ブックセンターが朝5時までやっていて、業界の人たちからは重宝がられていましたね。
福井:営業時間というのは、やはりそこの店の文化そのものですから…。深夜型の店にはそういう方たちが集まってくるし、そこに集まってきた人たちによってマーケットが生まれることもあります。僕らも「何で書店なの?」ってよく言われるのですが、一番は「本が好き」だということ。それから本屋の機能みたいなものを考えたときに、単にモノを売るだけじゃなくて、店に人が来て、そこで交流が出来て「ああいう本を読んだよ、こういうのがあったよ」っていう会話が生まれる。そこから新しい知恵が出てきて、何か発信できる場所になるという機能があるんじゃないかなと思って、ああいう形態にしました。周辺にはクリエイターが多いので、そうなるとおのずと人が集まる。結果的にそれは大成功というか、良かったと思っています。
西:店でイベントもよく開いていらっしゃいますね?
福井:そこで何があるかじゃなくて、何をつくるか、何を伝えられるかという部分は、あらゆるビジネスでも同じだと思います。とにかく小さな場所でトライしていこうと考えています。
「趣味性、属性がわりと分かりやすい」(松永さん)
西:次に「渋谷のマーケット」を捉えていきたいのですが、松永さんの回答の中に「趣味性、属性がわりと分かりやすい」というキーワードがあります。これはどういう意味でしょう?
松永:109、宇田川町とか、神山町とか、渋谷では各地域の特性がすごく出ていて、その趣味性に合わせた店が展開されています。カフェや飲食店もそうですし、ファッション性にも微妙な違いが…、微妙じゃなくて大きく違う所もかなりあります。その地域に行けば、趣味性というものが店やお客さん、歩いている人たちを見れば大体分かりますね。
「おじさんが少なく、若者のいる居心地の良さ」(松永さん)
西:さらに松永さんのキーワードには「おじさんが少なく、若者のいる居心地の良さ」というのもありました。
松永:今でこそもうおじさんになったので、自分で感じることは全くないのですが(笑)、若いときは周りにあまりおじさんがいなくて、大騒ぎしても同じ若者同士で受け入れてもらったり、とにかく話題も趣味性も同じような世代の人たちだけで、どこにいっても楽しめたなと思います。先輩後輩は若干あるにしても、世代間のギャップを感じながら気を遣って遊んだっていうのはすごく少なかったですね。今思えば…。
西:渋谷で若い人を見ていると、あんまり窮屈そうには見えませんね。伸び伸びというわけではありませんが、割と自分たちの居場所をそれぞれ見つけているように見えます。
松永:多分、自分たちが一番輝けるという場所が渋谷だったんじゃないかなと…。
西:高野さんのフィールドから見ていかがですか?
高野:銀座なんかと比べて、新宿はちょっと風景が違うと思いますが、渋谷はカジュアルでいても許されますね。実年齢はわたしもおばさんなんですが(笑)、おばさんであることを忘れさせてくれる何かがあるような…。例えば金曜日夕方とかには、30代か40代の働く女性たちが買い物に来ています。「若い渋谷」と言われていますが、実は振り返ってみたら若くない人にとっても居心地がいい場所なのかもしれませんね。
西:確かに錯覚させてくれるところがありますね。物おじせず、ズカズカと入っていけば、おじさんであることを一瞬忘れさせてくれます。
高野:若者にとっては迷惑なんでしょうけど…(笑)。
「若者の流行をチェックできる・若者と大人が共存できる街」(福井さん)
西:福井さんには「若者の流行をチェックできる」こと、それから「若者と大人が共存できる街」というキーワードを挙げていただきました。
福井:先ほどファッション性の話が出ましたが、割と「消費の街」でもあると思います。例えばユニクロでもエイプでも、渋谷の若者が着るとだいたい地方都市の若者も同じ格好をしているんです。そういう意味では情報発信もしているし大量消費もある。「流行が生まれている街なんだな」ということを日々感じます。何となく人を眺めていても、こういう格好がトレンド、若い子の主流なんだなとかいう傾向が分かって面白いですね。
高野:バックメーカーさんは渋谷でバッグの写真ばっかり撮っていますし、靴のメーカーさんは靴の写真ばっかり撮っています。業界全体が「渋谷の街」に注目しているケースは多いですね。
西:それはやはり、業界として渋谷がある種の発信源だということでしょうか?
高野:渋谷のファッションは展開がすごく早いんですね。一つの流れが出て、また消えて、時々違う動きもしますが、また戻ったりとかして…。その、規則性があるような、ないようなっていうところを見ていなきゃいけないとは思います…。
福井:面白いのは109的なトレンドと、モード系のトレンドが共存していることです。109的なトレンドは渋谷の中心で発信しているのですが、モード的なトレンドは、どちらかといえば恵比寿とか代官山辺りの周囲で発信しています。109的なものは難しくても、モード系って多少大人でも着られるので、そういうところが見えてくると面白いなと思いますね。
「サイバー特区:ARの実証実験」(高野さん)
西:「メディアとしての渋谷」という側面では、高野さんから「サイバー特区:ARの実証実験」というキーワードを挙げていただきました。
高野:サイバー特区プロジェクトの一環として、最近渋谷の街で頻繁にAR実験が行われています。京都でも実験は行われているんですが、東京では新宿でも丸の内でもなく渋谷。客観的に見て「渋谷の街」が、そういう面で評価されていると感じます。
西:一方で「渋谷の街」の情報発信力が弱まったという話も出たりしていますが…。
高野:渋谷らしさがなくなっているとは言われますね。ただそういう話は渋谷だけじゃなく、どこの街でも同質化が進んでいますから…。
西:「渋谷らしさ」というキーワードがよく出ますが、それはなかなか一言で言いづらい。でも考えることが大事なんでしょうね。
「ジャンクな文化とアッパーな文化が同居している」(福井さん)
西:「渋谷のカルチャー」について話をしたいと思いますが、福井さんから「ジャンクな文化とアッパーな文化が同居している」というキーワードが挙がりました。先程のファッションの話と通じるところもありますね。
福井:そうです。マルキュー的な文化と、モード的な文化というものが存在しているし、それこそ何億稼ぐような大きな会社があれば、零細でもしっかり頑張っている所もある。そういうものがある程度混在している印象は強い。加えてネットカフェとかアキバ系っぽい文化が入っている部分もありますね。渋谷は、てっぺんから裾野まで、すべてが味わえる街だなという気がして、そこが面白いところだと思います。
「渋谷ローカル族」(高野さん)
西:最後に高野さんの言葉を挙げたいと思います。これもアクロス的な感じがするのですが、「渋谷ローカル族」というキーワードについて教えてください。
高野:渋谷には「自転車族」だったり、クリエイティブを作っている人たちが多く働いています。そういう人たちが「渋谷のローカル」のためにというか、ローカルの人たちのライフスタイルのために動いて、もっと生活文化に近いところでフィットするような居心地のいい街になったらいいなと思いますね。
西:そういう人たちが集まってビジネスをやると「宇田川族」になる?(笑)。
高野:そう、「宇田川族」に(笑)。
西:渋谷は大きな街ですが、渋谷で暮らしたり仕事をしている人たちがもう一度、渋谷も「ローカル」の一つと考えると、割と肩の力が抜けて、自分たちのサイクルをもう少し共有しやすくなるんじゃないかなと思いますね。
高野:そうですね。それを住み分けだと考えれば、「ビジネス族」もいるし、「クリエイター族」もいるし…。今流行のリチャード・フロリダの『クリエイティブ都市論』的にいえば、クリエイターたちが事務所を構えたり、住んだりする場所って、まず渋谷じゃないかと思います。「渋谷ローカル族」という言葉を一つのキーワードにして、みんなが力を合わせて知恵を出し合っていくと渋谷も一歩前に進むかもしれませんね。
最後にひとこと…
西: 最後に皆さんから一言ずつお願いできますか。福井さんからお願いします。
福井:繰り返しになってしまいますが、「渋谷で全部解決できること」じゃないでしょうか。文化の最先端的なものに触れたければ、そこで完成できるものがあるというところが面白いと思います。
西:渋谷にこもってらっしゃる感じですね。
福井:そうです。自分の行動範囲は渋谷で事足りてしまいます。余程あそこでないと見られない映画があるとか、あそこに食事に行きたいとか、そういうのを除いてほとんど渋谷を出ることはありません。ポジティブに考えれば、それは(渋谷の街に)満足しているということだと思います。
西:松永さんはいかがですか。
松永:私は代々木公園に「歩行者天国」を復活させてほしい。
西:なるほど(笑)。忘れそうになりますが、代々木公園は渋谷の強力な武器ですね。
松永:秋葉原も同じく歩行者天国を復活させたいな、というところで皆さんが一致団結しているところです。渋谷で新たに歩行者天国ができると、昔のいいところも悪いところも含めて、より未来に向けて情報発信ができる、インキュベートできるインフラの基になるんじゃないかと…。観光誘致にしても活性化にしても、渋谷の起爆剤にななると思います。
西:強力な集客戦術ですね。では高野さんは?
高野:「未来」という言葉が出ましたが、先ほど少し話をした「AR」という技術が、もし渋谷で成功しなかったらどうなのかなと。そもそも「AR」って、どのぐらいの方がご存じなのでしょうか?
西:じゃあ、ちょっと聞いてみましょう。会場の中で「AR」という言葉を今日初めて聞いた方、挙手をお願いできますか。
高野:半数以上…意外と多いですね。ちゃんと説明しなかったのですが、ARとは「Augmented Reality」=拡散現実というもので、iPhoneを持っていらっしゃる方でGPS機能があれば使用できます。
西:最近、「セカイカメラ」で話題になっていますね。
高野:技術に詳しい方々にはすごく浸透しているものなのですが、わたしも本当に半年前ぐらいに知ったばかり。もう少しテクノロジーだけじゃなく、アート的なものとの接点が必要ではないかと…。それは「渋谷の街」でしないと駄目だと思うので、ファッションとか音楽、ゲーム、アニメーションといったテクノロジーが混ざり合う可能性に期待しています。これが今年の私の関心です。
西: そろそろお時間となりました。緩やかに渋谷のことを語るシリーズとして、今後も続けていきたいと考えていますので、今後も皆さんと一緒に知恵を絞っていければと思っています。ありがとうございました。
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