BUNKA X PERSON

「明治のたばこ工 岩谷松平展」 X 佐藤直樹さん(アートディレクター)たばこと塩の博物館で現在開催されているのが、近代広告の先駆者であり、明治のたばこ王とも言われる岩谷松平の特別展。名乗り、引札、看板、新聞広告など、あらゆる広告手段を使って宣伝を行い、紙巻たばこを大いに広めた岩谷の生涯と、明治のたばこ史が一挙に見られる展示会を、JTのアルファベットシリーズのデザインなどで知られるアートディレクターの佐藤直樹さんが訪れ、広告デザインの過去と現在について語ってくれました。
「明治のたばこ王 岩谷松平展」(〜2006年3月12日まで)はこちら
たばこと塩の博物館
みんな、いざってときはデザインなんか平気で捨てちゃうと思う(笑)--本日の展示会の感想は?
「天狗煙草」ポスター

「天狗煙草」ポスター
明治33(1900)年頃

1点1点の作品がどうだったというよりも、“メディアの始まり”を見ることができて、面白かったです。戦争で焼け出されて、地元薩摩の名産だったたばこを持って上京して、まったくゼロの状態からありとあらゆる広告手法を使って商売を成功させていった…、そのパワーに圧倒されたというか、良い刺激をもらいましたね。雑誌広告も新聞も看板もポスターも、今はあって当たり前のものだけど、そういう新しいメディアを作り上げていくって、やっぱりすごく楽しいことだと思うし、僕自身、新たなメディアを作り上げてみたいなと実感しました。展示物に関していえば、例えば、愛用していたという真っ赤な服や天狗のマークを見る度に、「何でこんなことを考え付いたのか?」と、その裏にあるストーリーを想像させられた、そんな見方ができるのも通常の作品展と違って楽しめるところでした。

--岩谷松平の広告屋としてのセンスはいかがでした? ええと、ズバリ言ってしまえば、岩谷って実はそんなにクリエイティブなことはやっていなかった気がする(笑)。むしろ、デザイン的なことをいえば、岩谷のライバルだった村井兄弟商会の方が良かったかな、と。それに対して岩谷は、制作も企画も営業もプロモーションも全部請け負う、いわば一人広告代理店ですよね。こまごましたデザインがどうっていうより、根っからの仕掛人タイプ。それでいて、根底には、利益を追求したい、金儲けしたいっていう、商売人としての部分を強く持っている。そのための道具として、たばこがあり、広告があったんだろうと思います。

でもそれは、まったく否定すべきことではなくて、むしろ人間として当たり前のことですよね。最近、デザインブームだとか言われていますけど、ほとんどの人は、いざとなったらデザインなんて平気で捨てちゃうと思います (笑)。クリエイターとかデザイナーとかを職業にしている人も、結局のところ、稼ぎたいとか、もてたいとか、褒められたいとか、本質的にそういう俗っぽい部分を持っていて、そういうことがすごく強い原動力になっているはずだし、直視すべきことでもあるのに、みんな無自覚すぎる。大人しく認めればいいのにって、岩谷の豪快な生き様を見て、改めてそう思いましたね。

メディアが違えば当然、表現の手法も違ってしかるべき--佐藤さん自身もアルファベットシリーズで、たばこのパッケージデザインをされましたよね? JTでまったく新しいブランドを作るっていうのは、最近ではほとんどなかった、異例のことだったんです。今、世の中の動きとしてたばこに対しては厳しい視線が注がれていて、JTも改革の時期と言われている。たばこの広告を作ること自体が難しい状況になってきているけど、だからこそ、クリエイターとしての腕の見せ所でもあると思います。それこそ、岩谷のように、いろんな仕掛け方ができるんじゃないかな。そういう意味でも、アルファベットシリーズではスライド式の箱とか、デザインへのこだわりとか、新しいたばこの可能性を試してみているんです。

--広告デザインをする上でのこだわりは?

岩谷が着用したとされる
軍服をモチーフとしたシルク刺繍の赤服

まずは、媒体の違いを認識すること。テレビと紙、ネットとラジオのように、メディアが違えば当然、表現の手法も違ってしかるべき。でも、世の中には、そこを無視した広告っていうのも結構あって。例えば演劇のポスターなんか、出演者の顔写真を使うことが多いじゃないですか? でも、それはポスターとして全然、優秀じゃない。だって、そんなの「あなたのその笑顔は、劇場で見ますから」って思いません(笑)?生の舞台で見る役者の笑顔に、紙の上に印刷された平面の笑顔がかなうわけないですからね。だったら、その作品の精神性だったり、台詞のセンテンスだったりを、いかにして平面で表現するか、ということを考えるべきだし、その転換が非常にうまくいった時にこそ、受け手が共感してくれる作品ができるんだと思います。

もう一点は、広告物=大量生産されるという前提を知るべきだっていうこと。例えば、一枚の絵があって、それが良い作品だったとしても、いざ広告物にしようとしたら、数を増やさなきゃいけない、つまり印刷をかけるわけですよね。だから広告を作るときは、原画の完成度にこだわるよりも、印刷をすることによって、その作品の本当のよさが表現しきれるかどうか、その見極めをすることが重要なんだと思います。これからの広告業界に必要なのは、美意識と欲望をつなげて考えること--今後、どんな作品を作っていきたいですか?
世の中にずっと残る作品を作りたいという気持ちは、もちろんあります。でも、そんな簡単に成しえることではないというのも分っているので…。普遍的なものを作りたいというのは正論だけど、それに囚われすぎてばかりいては、人の心を打つ作品は作れない。だから、作品を作る時は、あまり先々のことは考えず、あくまで近視眼的にやっています。今世の中で流行っているものを知って、その中で、僕自身が楽しめて、ゾクゾクしてくるような、リアルな感覚を信じています。

それと、実は僕は、自分の中からオリジナルなものを生み出すのがものすごく苦手。だから、映画とか音楽とか、自分の興味あるものと世の中を「接続する方法」を常に考えているんですよ。興味のあるものをいじっていれば、何かが起こっていくと思うし、岩谷にしても、たまたま地元の特産物のたばこがあって、それを使っていろいろ試しているうちに次々に事業が良い方向に流れていったのだと思います。

これからの広告業界に必要なことは、かつて岩谷がやったように、デザイン、アートといった美意識と、商売や利益などの欲望をつなげて考えることじゃないかと思います。
SATO'S WORKS
佐藤さんが手掛ける代表的なデザインを紹介

JT "ALPHABET H/R/C SIDE SLIDE BOX" 2004年7月 TOKYO limited version
国内で初めてサイドスライド方式のパッケージを採用したJT「アルファベット・シリーズ」

OTHER WORKS

自ら企画・編集・制作・発行を行う
大判グラフィック誌「NEUT.」最新号と「NEUT.」 Tシャツ

誌面のアートディレクションを担当している
「ART iT」と「DAZED & CONFUSED JAPAN」

佐藤さんにとっての渋谷とは? 大学時代は北海道や信州で過ごしていたんで、20代半ばでデザインの勉強をするため東京に戻ってきた時は相当、文化的なものに飢えていました(笑)。だから、映画や音楽が身近にある渋谷には、よく来ていましたね。ユーロスペースとかシネマライズとか、単館系のシアターにもしょっちゅう通っていた。デザイナーとして独立する時も、最初の事務所が神泉で、その後、渋谷区東、次は桜丘町と、すべて渋谷に近いところなので、この街との付き合いは10年以上になります。僕にとって、渋谷は、仕事でもプライベートでも、いろんな面白い人とコミュニケーションがとれる場所なんです。

今後、渋谷に求めることは? 渋谷って、昔から良い意味で猥雑な街だし、僕が小さい頃なんかは、田舎臭い街っていう印象が強かった。でもそこが、この街の魅力だったと思うし、今でも、そういう部分をすごく求めている。だから大型のビルが建ったり、街がキレイになっていくのは良いけど、裏路地とか味のある店とかは、変わらず、残ってほしいと思いますね。

■プロフィール
佐藤直樹(さとう・なおき)さん
1961年生まれ。北海道教育大学卒業後、信州大学で教育社会学を学ぶ。肉体労働から編集までの様々な職業を経た後、94年『ワイアード』日本版創刊でアートディレクターに就任。同誌のクリエイティブディレクターを経て独立。96年に株式会社ソイグラフィカを設立し、98年に株式会社アジール・デザインへと移行。04年には活動領域を拡張すべく企画立案を重視する株式会社アジール・クラック設立。紀伊國屋書店『百年の愚行』で2002年東京ADC賞、2003年ニューヨークADC銀賞ほか、国内外で数々の賞を受賞。現在、多摩美術大学造形表現学部デザイン学科助教授。

■アジール・デザイン&アジール・クラック詳細
ASYL DESIGN(株式会社アジール・デザイン)
住所:渋谷区桜丘町29-17 さくらマンション501
TEL:03-5728-8288
FAX:03-5728-8289
E-MAIL:contact@asyl.co.jp
ASYL CRACK(株式会社アジール・クラック)
住所:渋谷区桜丘町29-17 さくらマンション402
TEL:03-5728-6428
FAX:03-5728-6429
E-MAIL:crack@asyl.co.jp
URL:http://www.asyl.co.jp/(共通)
2006年1月13日の「Bookmark」でスタッフの方をご紹介しました。

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