川口葉子の渋谷カフェ考現学

渋谷カフェの分類 カフェ誕生の立役者は、個性豊かな個人オーナーたち

2000年に注目され始めた東京カフェを取り巻く空気は、なぜあれほどまでに熱気を帯びたのだろうと考えてみる。雑誌はこぞって表紙に「2時間待っても行きたいカフェがあります」などというタイトルを大きくかかげてカフェ特集を組んだけれど、それだけ、ブームの牽引役として大きな役割を果たした第一世代のカフェはインパクトがあったのだと思う。従来の飲食店にはなかった新しい自由を、第一世代のカフェはそれぞれの個性のなかからたっぷりと匂わせていた。

自由とは、作り手の自由度の高さであり、利用するお客さまの自由度の高さでもある。これまでの飲食店に存在していた見えない枠を、東京カフェは無意識のうちに壊していったのだ。レストランにも居酒屋にも、古くからの喫茶店の形式にもおさまらない自由な空間の誕生。同じテーブルについたお客さまの一人がしっかりと食事をして、一人が犬を膝にのせてコーヒーだけを飲んでいてもかまわない場所。カプチーノを飲みながら、未知の魅力的な音楽に触れることのできる場所。店内の壁を借りて、ギャラリーとして自分の作品を発表できる場所。その誕生の立役者は、自分自身が求めているものを小規模なスペースのなかで実現していった個人オーナーたちである。

渋谷のカフェの第一世代として全国に名を知られるのがカフェ・アプレミディ。音楽業界に携わるオーナーが、仕事の拠点としている渋谷の街に、自分と仲間たちが心地よく過ごせる場所を求めてひらいた空間。それが雑居ビル4階に誕生したカフェ・アプレミディである。それまで、大人がソファでくつろいでおいしいコーヒーを飲みながら会話を交わしたり、ひとりで気の利いた食事を楽しんだり、待ち合わせをしたりするのに快適な場所というのが、渋谷には本当に少なかったのだ。

オーナー自身の要請から生まれたカフェには、当然のことながら、オーナー自身のセンスを色濃く反映するものが集められた。趣味の良い音楽と家具。しっかりとネルでドリップされたコーヒー。グラスで飲めるシャンパン。これまで、昼間に20〜30代の人間がひとりで、料理を注文せずにグラスのシャンパンだけを気軽に飲めるような場所があっただろうか? しかも、その足元がスニーカーであっても決して違和感のない場所が。

長いあいだ渋谷にある映画館を訪れるたびに、その前後に立ち寄る休憩場所に困っていた私は、カフェ・アプレミディの登場を心から歓迎したものだ。そして、私のような人間は決して少数ではなかった。カフェという名の自由な空間と、それを生みだしたオーナーへの共感が、カフェの人気を高めていく。

カフェ・アプレミディの心地よさは、わずか600〜700円のコーヒーやカプチーノ代を支払えばだれでも享受できるものだった。雑居ビルの中にそのような空間があることを知ってさえいれば。ゆったりしたソファの並ぶホテルのラウンジのように利用できる場所。しかし、老若男女が訪れるホテルよりは少し閉じられた、同じ価値観とセンスをゆるやかに共有する人々だけが訪れては去る世界。そのようなカフェは「ラウンジ系」と呼ばれたりもするようになった。

カフェ・アプレミディ オーナー・橋本徹さんのインタビュー記事はこちら

音楽の速度記号から見た「カフェの分類法」

2000年当時、遊びのひとつとして、アッパー/ダウナー/ニュートラルというカフェの分類法を考えてみたことがある。分類の基準は、店内に足を踏み入れたときに気分がどう変化するか。店内の活気に刺激を受けて気分が高揚するなら「アッパーカフェ」、落ちついた空気に包まれて気分がクールダウンするなら「ダウナーカフェ」、いつもの気分のままなら「ニュートラルカフェ」。落ち着いたラウンジ系のカフェは、ダウナーカフェに分類される。

それとよく似た分類法ではあるけれど、各カフェが持っている固有のテンポによっても、音楽の速度記号をもちいて3種類に分けてみることができそうだ。ラルゴ/アンダンテ/アレグレット。ラルゴの意味するところは「ゆるやかに」。アンダンテは「歩く速さで」。アレグレットは「やや速く」。アレグレットよりさらに速いアレグロ=「快速に」となると、カフェではなく、文字通りファーストフード店のテンポとなる。

渋谷にあるカフェを、テンポによって分類してみよう。

attic room

●ラルゴ=ゆるやかに

Zarigani Cafe

Zarigani Cafe

ゆっくりと落ち着いたテンポ、深い呼吸をして緊張が解けた状態のようなテンポを持つカフェとして、ラウンジ系のカフェや、部屋系&一軒家のカフェが挙げられる。

ラウンジ系のカフェは、前述のカフェ・アプレミディ、古い物件を再生してカフェを作りだしてきたリノベーション・プランニングが手がけるconceal.cafe MIYAMASUZAKA、NHK近くのZarigani Cafe、カフェ・アプレミディと同じビルにあるC65カフェなど。

部屋系&一軒家カフェとは、東京カフェの形容として一時期ひんぱんに使われた言葉「まるで友達の部屋に遊びに来たような」を体現しているカフェのこと。そのような感覚を抱かせるのは、店内が一個人の部屋またはリビングルームを連想させるインテリアに仕上げられていたため。小さな一軒家の1階と2階を用いたcafe Bandaもこの範疇に入れられると思う。

cafe Banda

cafe Banda

渋谷の部屋系カフェのきわだった特徴は、「屋根裏」「屋上」がキーワードとなったカフェが、ほかのどの街と比べても群を抜いて多いことである。店名そのものが屋根裏を意味するカフェも2つある。宇田川町のcafe amberの2店舗目として同じビルの上のフロアにオープンしたamber garret、屋上にも出られるattic room。また、ビルの屋上と小屋をそのままカフェにしたクワランカカフェは、センター街のはずれにありながら空や雲に近いカフェとして人気を集めている。

屋根裏や屋上のカフェが、メインストリートの喧噪の中にぽっかりと空いた、秘密めいたパーソナルな空間の表現を主軸としているなら、巨大ターミナル渋谷駅のすぐそばに位置しながら、渋谷川に面した路地裏という独特の雰囲気を持つANTENNAや、のんべい横丁の古本カフェNonもまた、きわめて屋根裏の気配が濃い空間だ。

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●アンダンテ=歩く速さで

Seat Mania

Seat Mania

散歩するときの歩調のようなテンポ。自然に呼吸しているときのテンポを持っているカフェとして、ミッドセンチュリー系のカフェや、アパレルショップ併設カフェを挙げることができる。

ミッドセンチュリー系のカフェとは、1950年代を中心に40〜60年代に輩出されたインテリアデザイナーに傾倒するオーナーが、自身で集めた家具が並ぶカフェのことで、同じテイストのインテリアが好きな人々の支持を集めている。イームズやル・コルビジェなどの椅子を集めたSeat Mania、銀座の料亭の若女将が開いたcafe amber、渋谷育ちのオーナーが営むカフェ・ハイローラーズなど。

アパレルショップに併設されているカフェは、ショッピングで歩き回って疲れた身体をやすめるのに便利な存在。BEAMSにはTIME CAFE、インポート中心のセレクトショップMIDWESTの屋上階にはMidwest cafe、マーガレットハウエル神南店にはマーガレットハウエルカフェが併設されている。

●アレグレット=やや速く

SUZU CAFE

diego

キッチンで勢いよく炎があがり、油が跳ねる音。食事のテーブルで食器がふれあう音。会話の声。早足で料理を運ぶスタッフの動き。ほどよい活気のあるテンポを刻むカフェとして、ダイナーカフェが挙げられる。

食事中心の「食堂」の色を全面に出し、ラウンジ系カフェの主役であるソファよりも、食事しやすい高さのテーブルと椅子をインテリアの主役にしているのがダイナー系カフェ。渋谷駅界隈に2店舗を構えるDEXEE DINER(松濤店渋谷店、TSUTAYAとコラボレーションでQフロントビル内のブックストアに併設されたWIRED CAFE、丸井横にオープンしたSUZU CAFE、白いインテリアが印象的なspuma、大人のためのサッカーカフェdiego、フィリップ・スタルクの椅子が並ぶFRAMES、京セラビル地下の*ease by LIFE Food Delicious Serviceなど。

ラルゴ、アンダンテ、アレグレットのどのテンポのカフェを選ぶかは、もちろん、その日、その時の自分自身のテンポによる。自分のテンポと、自分を包む環境のテンポがぴったりと一致しているときの快さを、カフェを日常的に使っている人々ならきっとよく知っていると思う。

■カフェマップ



■プロフィール

川口葉子

川口葉子(かわぐちようこ) ライター、エッセイスト。
茨城県日立市生まれ。大学時代より東京都在住。散歩や旅の途中で訪れたカフェは800軒以上にものぼる。1999年末から趣味が高じてサマンサのペンネームでWebサイト『東京カフェマニア』を主宰。雑誌や各Webサイトでエッセイやカフェのレシピを連載中。2006年8月に「カフェから始まる旅がある」をテーマに北海道から沖縄まで、全71軒のCafe Tripを収録した『カフェの扉を開ける100の理由』を情報センター出版局より書籍として発刊

■著書 『東京カフェマニア〜A Small, Good Thing』(情報センター出版局)
『おうちで楽しむカフェのおいしいコーヒー』(成美堂出版)
『カフェに教わる 10分でひとりパスタ』(宝島社・spring編集部)
『20分でできる ひとりごはん・夏』(宝島社・spring編集部)


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