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アートと広告の境界線

ホワイトキューブの中で輝きを見せるアート作品たちも、一歩野外へ出た瞬間に魔法が解け、一気に魅力が減退することがある。ここ最近、横浜トリエンナーレや黄金町バザールなど、野外アートフェスが各地で行われているが、パブリックアートに求められるものは、街に溢れる情報に負けない力と言えるかもしれません。

見て見てと自己主張し、氾濫する街メディア(ビラ・チラシ、看板や街頭ビジョン等)の中で、真価を問われるアート作品。ホワイトキューブという温室で育ったアーティストたちにとって、外敵の多い大自然とも言える街中は、まさに力量が試される舞台と言える。
             (サルガド風に撮影してみました→イメージはこちら

先日、「岡本太郎パブリックアートを巡るツアー」の取材を行ったが、街中においても、その存在感を失わない岡本作品のエネルギーや偉大さを改めて認識させられた。

なぜ、岡本作品を観てみると元気が湧くのでしょうか?
温かな太陽光を浴びているような、そんな心地良さを感じる。

もちろん、自然や街と同化することをコンセプトにおいた作品も多々あるが、アートなのか、広告物なのか、それとも単なる落書きなのか、そんな見分けの付かない作品は、なんとも寂しいものである。
パブリックアートといえば、先週の夜、渋谷駅を足早に歩き、スクランブル交差点の中央に差し掛かったときに、ふと目に入ってきた絵があった。それは、西村フルーツパーラーのビル上に設置された屋外看板。ベージュのキャンバスに描かれた生き生きした子どもの落書きのような奔放さと、愉快なリズムを持つ線が、なぜか私の脳裏から離れなかった。気になる、あれは一体何なんだろう? アートなのか、それとも広告なのだろうか?
ちなみに渋谷駅周辺の屋外広告を2週間設置した場合、制作費も含めておそらく700〜800万円はするだろう。もし広告だとしたら、随分と贅沢な使い方と言える。
肉眼では確認が出来なかったものの、デジカメで撮影して拡大をしたところ、作者は日比野克彦さんであることが判明。さすがは日比野さん、と頷く。しかし、ますます謎は深まる・・・、あの作品は一体どんなメッセージを持っているのだろうか?それとも、広告が入らなかった空き枠を単にアートで穴埋めしているだけなのか・・・、その真相は定かではない。

今夜、仕事の帰りに西村フルーツパーラーの上を眺めてみると、既に広告はミスターチルドレンにすり替わっていた。アートと広告の境界線はとても曖昧なものの、「あれ、なんだ!」と街で感じた瞬間があったら、それがアートかもしれない。

編集部・フジイ

渋谷の記録係。渋谷のカルチャー情報のほか、旬のニュースや話題、日々感じる事を書き綴っていきます。

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